ここは雪の国、モロスクシア。雪が降らない日はない、極寒で悲しい国。
四方を山で囲まれているこの取り残された国は、神様からのせめてもの贈り物なのか、『魔法』を使える者がほとんどだ。
そんなもの、本当はいらないんだけど。
厚い雲に覆われている空。僕を含め、国民は見たことがない太陽。
決して届かない。
僕はそんなこの国が嫌いだ。
「マクシム王?」
そして、こんな立場の僕自身のことも
「…」
大っきらいだ。


「今日も雪がどんどん降るね」
 灰色の雲からは絶え間ない結晶。年がら年じゅう変わらないとやはり飽きる。
「まあ、降ったところで寒くはありませんから」
 全く、魔法とは便利なものです。
 と、本当にこの部下は思っているのか。
「おや、マクシム王。どこへ?」
「散歩だよ」
「…逃げたところで、その魔法を感知て連れ戻しますからね」
 全く。魔法とは。


***


「さーむーいー!!!」
 魔法を解除して真っ先に叫んだ言葉はそれだった。
 考えてみれば当たり前のことで雪と雪と雪しかないのだ。寒いに決まってる。
 だけどまあ、暖かくとも地獄な執務室に比べたら楽かもしれない。
 魔法が使えなくて、まだ王様じゃなかったときに作ってもらった大きなマフラー。
そういえば誰にもらったんだっけ?大切な人からマフラーをかけてもらった覚えはあるんだけど。
 でもまあ。人生何が役立つかわからないものだ。周りの人間が物珍しげにチラチラ見てくるが。
 さあどこに行こうかと一歩踏み出した時。
「おい、そこのお前」
 魔法の中で鳥肌を忘れた男が話しかけてきた。
「何か用?」
「なんだその生意気な態度は。お前、マフラーからして魔法を使えないんだろう」
 雰囲気からしてあまりいいことはなさそうだ。
「もしそうだったら?」
「たかが人間ごときが、道の真ん中歩いてんじゃねえっつってんだよッ!」
 な、んだこの男。むかつくなあ。
「何それ。差別?」
「何言ってんだよ。この国の、風習だろうが」
 そんな風習。僕が町に住んでいた時にはあっただろうか。
 訝しげな僕の表情を見たのか。忌々しそうに語りだした。
「最も魔力が強い者が王となり、魔力次第で未来への可能性が変わるこの国で!魔力の欠片もない人間が生きる意味なんてねえんだよ!」
「っ!」
 突如別方向から火の玉が飛んできた。ひとつじゃない。二つ、三つ、四つ五つ七つ…!
「だからって、君ねえっこんなこと」
 僕はあることに気づいてしまった。
 あ、と思った時には遅い。火の玉は見事、僕の身体に命中していた。

***

薄暗い路地裏で僕の荒い息使いだけが、やたら大きく響いた。
痛いなんて何年ぶりだろう。寒いなんて、何年振りだろう。
知りたくなかった。でも知ってしまった。
「はあ…はあ…」
荒い呼吸で、熱くなりそうな目頭を誤魔化す。
魔法を捨てるとここまで人間らしく弱くなるのか。
戻ろう。王宮まで一目散に。あそこが、僕が僕らしくいられる場所なのだ。きっと。
その時息遣い以外の音が鼓膜を揺らした。
「っあ…」
その人は驚いたように声を漏らした。若い女性のようだった。
「だ、大丈夫ですか。火傷してる…」
「大丈夫。だから放っておいて」
「でも」
「うるさいな。消えろって言ってるんだよ」
僕もさっきのやつらと何も変わらない。己のいら立ちを人にぶつけて。
女性は黙って姿を消す。ごめんね、と謝罪は心の中でしておいた。
あ、れ…?
急に瞼が重くなった。ああ、そういえば最近まともに寝てな かっ た…。



がばりと身を起こす。
「おはようございます」
女性は僕に笑いかける。
「身体の具合はどうですか?」
「…悪く、ないよ」
ここは、どこだ。この女性は、路地裏の…?
腹に包帯が巻きつけてあった。火傷の処理も終わっている。
「びっくりしました。包帯持っていったら寝ちゃってて。余計なお世話っていわれるのは分かってたんですけど」
「じゃあここ、君の家?」
「すみません、粗末なところで」
 確かに粗末だった。床は土むきだし。今寝ているベットもボロボロ。そして・
「これ、もしかして暖炉?」
「ええ」
 だがそこに火はない。
「珍しいね」
「そうですか?私たちには必需品ですよ」
 私たち、という意味が彼女の格好で分かった。
「もしかして君、魔力ないの?」
「…私以外の家族は、あったんですけどね」
 それが答えだった。
「ごめん」
「いいんですよ。あと、これどうぞ」
 木のお椀が渡された。
「これは?」
「春の七草って知ってます?全部は揃えなかったんですけど、奮発して三草入れましたー」
 本物かは知りませんけどね、と穏やかに笑う。
 彼女は恐らくものすごい貧乏だ。蒔きも少ない。靴も穴が空いている。春の七草は、彼女にとっては高級品なのだろう。
「食べれないよ」
「食べてください。それが私へのお礼だと思って」
 口調は静かだが、今彼女はお椀を僕の口につっこもうとしている。
「たーべーるーよ!やめて!」
 仕方なしに、ズズッとすすった。
「!おいしい」
「良かった」
 凍えていた身体に沁みわたっていく暖かさ。何よりもおいしく感じる。
「本当に、おいしいよ」
「あ…」
 路地裏のときと同じように声を漏らした。
「なんで、泣くんですか」
「暖かいから」
「泣かないで下さいよ」
「うん、ちょっと…ごめんね。十年間の涙なんだ」
マクシム王。歴代最高の魔力の持ち主。氷の心臓。石の仮面。
「何も知らなかったんだ。知ろうとしなかったんだ。僕が、火の玉を当てられた時、皆。皆だったんだ」
 国民全員が。
「魔力がない僕を蔑んでいたんだ。この、国の本当の、冷たいところは…」
 皆の心、だったんだ。

「…なら貴方は」
 結論を出した僕に彼女は言う。
「私のことを冷たいというのですか。私がやったこと、全部無駄だって言いたいんですか」
「違う」
「違う、そう違うんです。そして皆、きっと違うんです。きっとあの人たちは、寒さを知らないから暖かさを知らないだけなんです」
「君は不幸じゃないの?魔力がなくて」
「不幸なんかじゃありません。だって私は暖かさを知っている。寒さを知っている」
 彼女の眼は、おとぎ話で聞いた『太陽』のように輝いていた。
「寒さをしっている私だからこそ!人を暖かくさせることだって、できるはずなんです!」
 だからマクシムさん、どうか雪を忘れないで。
 彼女は笑った。僕にマフラーをかけながら。

***

「マクシム王!」「ああ良かった、一体どうなることかと…!」
「皆、悪いけど緊急会議を始めるよ」
 戸惑う部下たちにニコリとほほ笑んだ。
「この国を、変えよう」


ここは雪の国、モロスクシア。雪が降らない日はない、極寒で悲しい国。
四方を山で囲まれているこの取り残された国は、神様からの贈り物なのか、『魔法』を使える者がほとんどだ。
そんなもの、本当はいらないんだけど。
厚い雲に覆われている空。僕を含め、国民は見たことがない太陽。
決して届かない。
けれども僕はそんなこの国が好きになりつつある。
「マクシム王、一体何が…」
そして、こんな立場の僕自身のことは
「あ、彼女の名前聞いてないや。そういやなんで名前知ってたのかな」
「マクシム王うううう!?」
好きになれるように頑張ろうと思う。
雪の国に、春が来るまで。

続く