「懐かしい」



 しばらくの間をおいて、
 弘江さんが呟きくらいの音量で言った。



「……そうは、思わなかった?」



『……っ、はい……っ』



「……そっ、かぁー」


『……ごめんなさい』


 身体を少し横へとずらして、
 小さく頭を下げる。


「ちょっとちょっと。
 なんであなたが謝るのよ」


『だって……』

「〝失礼なことをしてしまったから〟」


 う。

 図星を突いた弘江さんは
 満足そうに笑うと、


「ばっかねぇ。
 あなたが気にしても仕方ないでしょう」


『でも、それは、私の、』



 なんて、言えばいいんだろう。

 自分がそうならなければよかった?

 自分がちゃんと覚えていれば?


 大して重要なことでも
 ないかもしれないそんなことに、
 どうしてここまで頭をきかせるんだろう。


 それは、やっぱり、



「仕方ないの」


 言葉と思想。

 双方を遮って
 弘江さんが繰り返した。




「病気だから」