わたしのおばあちゃんは大きい。
多分わたしの五倍は軽く越すであろう身体に顔をしている。大きな鷲鼻に優しそうに細められた目からは美しい宝石の様な緑が覗く。人はみんなそのおばあちゃんの目を恐れるけれど、わたしはそのきらきらと光る緑が大好きだ。
丘の上に絶つ大きな家が、わたしとおばあちゃんの家だった。おばあちゃんの大きさに合わせられた家は、当たり前の様に大きく、わたし一人では扉を開くこともままならない。だから家の中の扉には小さなわたし専用の扉が造られている。猫の戸の様な扉は、大きな扉に付けられた玩具の様ななんとも珍妙なものだった。それはある朝目覚めた時、取り付けられていたものだ。それまでは家中の扉が開け放たれていたけれど、そうするのを好かないおばあちゃんが取り付けたのだという。繊細な透かし彫りの施されたその小さな扉は誰が造ったのか、夜中の間にどこから持ってきたのか、と色々不思議に思ったけれど、とりあえずおばあちゃんにはお礼を言った。
おばあちゃんはわたしのことを『ヘンリエッタ』と呼ぶ。わたしはおばあちゃんの名前を知らない。この土地でもう二年以上彼女と暮らしてきたけれど、わたしは知らないことがたくさんある。おばあちゃんのこと、この土地のこと、どうして此処には他に人がいないのかっていうこと。
緩やかで静かな生活に一つ目の波がやってきたのは、いつもと変わらない穏やかな昼のことだった。
わたしは丘を下った先にある森で木の実を拾っていた。硬くて白い殻に包まれたその中には、甘みのある実が隠れている。わたしはこれが大好物でたくさん拾っては燻し、料理によく使っている。食べ過ぎるとお腹によろしくないけれど、たくさんとっておいても腐りにくいものだから重宝していた。
そんな美味しい美味しい実に塗れて、人が寝ていた。
異様な光景にわたしは思わず実を拾う手を止めて、ぽかんとしてしまった。
羊色の髪の男の子だ。けれどわたしはその髪の色に驚いた訳ではなく、人がこの森にいることに驚いていた。おばあちゃんのところに来てからというもの、まともにおばあちゃん以外の人を見たことがなかったから。真っ黒な長衣を着たその男の子が怪我をしているのには、触れてみてやっと気付いた。黒い服はずっしりと重くなる位に血塗れで、よく見ればところどころ破れている。
大丈夫? と訊きたかったけれど、如何せんわたしは声が出せない。それに何度か揺さぶっても、その子はびくともしなかった。頬に触れると温かかったから死んでいるわけではないと知ると、わたしはどうしたものかと唸った。家に帰っておばあちゃんに助けを求めに行くのもいいけれど、その間にこんな無防備な姿で放っておくと、森の住人に食べられてしまうかもしれない。かと言ってわたしが担いで帰るには、その男の子の身体は大きい。おばあちゃんくらいという訳ではなく、華奢な身体はわたしよりも少し大きい位の普通の大きさだ。けど、無理そうだ。重い荷物は桶に入った水二杯分くらいで限界のわたしが担げるわけがない。
考えるのも面倒くさくなってきて、放っておこうかなとも思ったけれど、やっぱりこのまま死なれてしまっては後味が悪い。
ああ、大きな声が出せたらな。そう思いながら、わたしは少年の両足を掴んだ。
多分わたしの五倍は軽く越すであろう身体に顔をしている。大きな鷲鼻に優しそうに細められた目からは美しい宝石の様な緑が覗く。人はみんなそのおばあちゃんの目を恐れるけれど、わたしはそのきらきらと光る緑が大好きだ。
丘の上に絶つ大きな家が、わたしとおばあちゃんの家だった。おばあちゃんの大きさに合わせられた家は、当たり前の様に大きく、わたし一人では扉を開くこともままならない。だから家の中の扉には小さなわたし専用の扉が造られている。猫の戸の様な扉は、大きな扉に付けられた玩具の様ななんとも珍妙なものだった。それはある朝目覚めた時、取り付けられていたものだ。それまでは家中の扉が開け放たれていたけれど、そうするのを好かないおばあちゃんが取り付けたのだという。繊細な透かし彫りの施されたその小さな扉は誰が造ったのか、夜中の間にどこから持ってきたのか、と色々不思議に思ったけれど、とりあえずおばあちゃんにはお礼を言った。
おばあちゃんはわたしのことを『ヘンリエッタ』と呼ぶ。わたしはおばあちゃんの名前を知らない。この土地でもう二年以上彼女と暮らしてきたけれど、わたしは知らないことがたくさんある。おばあちゃんのこと、この土地のこと、どうして此処には他に人がいないのかっていうこと。
緩やかで静かな生活に一つ目の波がやってきたのは、いつもと変わらない穏やかな昼のことだった。
わたしは丘を下った先にある森で木の実を拾っていた。硬くて白い殻に包まれたその中には、甘みのある実が隠れている。わたしはこれが大好物でたくさん拾っては燻し、料理によく使っている。食べ過ぎるとお腹によろしくないけれど、たくさんとっておいても腐りにくいものだから重宝していた。
そんな美味しい美味しい実に塗れて、人が寝ていた。
異様な光景にわたしは思わず実を拾う手を止めて、ぽかんとしてしまった。
羊色の髪の男の子だ。けれどわたしはその髪の色に驚いた訳ではなく、人がこの森にいることに驚いていた。おばあちゃんのところに来てからというもの、まともにおばあちゃん以外の人を見たことがなかったから。真っ黒な長衣を着たその男の子が怪我をしているのには、触れてみてやっと気付いた。黒い服はずっしりと重くなる位に血塗れで、よく見ればところどころ破れている。
大丈夫? と訊きたかったけれど、如何せんわたしは声が出せない。それに何度か揺さぶっても、その子はびくともしなかった。頬に触れると温かかったから死んでいるわけではないと知ると、わたしはどうしたものかと唸った。家に帰っておばあちゃんに助けを求めに行くのもいいけれど、その間にこんな無防備な姿で放っておくと、森の住人に食べられてしまうかもしれない。かと言ってわたしが担いで帰るには、その男の子の身体は大きい。おばあちゃんくらいという訳ではなく、華奢な身体はわたしよりも少し大きい位の普通の大きさだ。けど、無理そうだ。重い荷物は桶に入った水二杯分くらいで限界のわたしが担げるわけがない。
考えるのも面倒くさくなってきて、放っておこうかなとも思ったけれど、やっぱりこのまま死なれてしまっては後味が悪い。
ああ、大きな声が出せたらな。そう思いながら、わたしは少年の両足を掴んだ。