鐘の音が聞こえる。
 煉瓦造りの塀に、広い庭。そこには大きな鳥小屋があって、たくさんの小鳥が飼われていた。
 これは夢だとわたしはすぐに気づくことができた。それは昔の光景で、今はもうないものだから。
 塀と同じ風に煉瓦造りの家は古びていて、夏にはそこに這った蔦の葉が芽吹き緑に囲まれる。塀の錆びた鉄門を開けて、わたしは進む。木々はさわさわと静かに揺らぎ、木漏れ日が零れていた。
 片開きの戸を開けるとそこに重なるようにもう一枚の戸があった。それを開けて進む。彼女がいるのは居間の安楽椅子の上か、それとも二階の、硝子窓に囲まれた日当たりの良いあの部屋だろうか。
 この家には、魔女が住んでいる。わたしの大好きな魔女が。
 わたしは小さな頃から彼女に会うのがいつも楽しみで堪らなかった。わたしが行ったこともない国から海を越えてやってきた彼女は、少し変わった発音でわたしにいつも物語を聴かせてくれたから。そして誰よりも優しくて、誰よりも純粋だったから。少し垂れ下がった目尻に刻まれた皺は、いつも笑顔を浮かべる彼女の優しさを表している様だった。
 霧消に彼女に会いたくなってくる。それも、夢の中でなら許されるのだ。自然と足も早歩きになった。
 浮ついた気持ちで勢いよく木製の扉を開ける。けれど、そこにあったのは求める人の姿ではなかった。安楽椅子の前でじっと佇んでいたのは、金色の長い髪を背中に流した線の細い女性だった。窓から射し込む柔らかな明かりと影の狭間にその人はいた。ゆっくりと振り向くその様を息を呑んで見届ける。
 けれど、振り向いた顔を見て、喉の奥が引き攣った。そこに想像していた優しげな笑顔はなく、それどころか目や口、鼻さえもなかった。あるのは真っ黒な色だけだ。それは底知れない洞の様だった。