暑い季節に避暑で訪れた森で迷い、気付けばこの場所に居たのだという。そして、魔女に出会った。最初はその大きさに驚き、怖れたという。けれど、優しそうな目を見てなぜかどうしようもないほどの懐かしさを感じたらしい。おばあちゃんと魔女は間もなく仲の良い友人同士になった。
 わたしは話を聞くうちに、自分もその魔女に会ってみたいと思うようになった。そのことをおばあちゃんに言うととても嬉しそうな顔をされた。いつか、あなたも会えるかもしれないわ。おばあちゃんは「会える」とは言わずに、もしかするとね、と言った。その時にはおばあちゃんにもあの森の中の魔女の家に行く方法が分からなくなってしまっていたから。
 部屋に戻ると、アドネが眠そうな目を擦りながら寝台に座っていた。わたしの姿を見て少し目を円くする。
「どこかに行ってたの?」
 頷いて近づくと、アドネは自ら手を差し出してくれる。その手を取ると、わたしは指先で『お手洗い』と書いた。すると、アドネは何故か少し気まずそうな顔をした。貴族の女の子はもしかすると下の話なんて一切しないのかもしれない。だったら、お手洗いに行く時どうするんだろう。
 寝台に入ると、アドネは何も言わずにわたしの隣りに寝転がった。けどやっぱり少しの距離を開けている。布団の中でその手をとると、ぎょっとされた。
 もしかして、人の寝るのがきらい? 本当は人に触れられたりするのも?
 そう訊くと、彼女は小さく首を振った。
「そうじゃないよ。だったら、こうやって手を触れるのも嫌がるだろう?」
 その答えにほっとして、わたしは彼女の手をぎゅっと握って目を瞑った。
 小さいころから兄弟とこうして眠るのが癖だったのを思い出す。なかなかわたしだけこの癖が抜けなくて、兄弟たちにはよく苦笑されたものだった。やっぱり人の手に触れていると凄く安心できる。此処へ来る少し前から一人で眠っていたけれど、久しぶりの人肌にこれほどまでに人恋しかったのかと思い知らされる。
 私と此処でいるのならお前一人じゃなきゃ駄目なんだよ、と言うおばあちゃんの言葉を思い出したけれど、今くらいは許してほしい。せめて彼女がこの魔女の家にいる間くらいは。
 小さなため息のあと、ほんの少し笑いの気配があった。悲しいわけじゃないのに、涙が出そうになってわたしはますますぎゅっと目を強く瞑った。