何故か最後まで渋ったアドネと一緒に、私は寝台に入った。
二度目だというのに、そんなに嫌なのかと少し悲しくなってしまうけれど、他に寝台もないし仕方が無い。それに、寝ている間、意識のない時に温かさに知らず近づいてしまうのも仕方のないことだと思う。
寝台に入って暫くしてから、アドネの静かな寝息が聞こえてくると、私はくっつかない程度に身を寄せた。すぐ近くに人の温もりがあることにほっとする。星月の明かりは窓から仄かに入ってくるけれど、薄暗闇の中で自分一人ではないことに泣きたいほどの嬉しさを感じる。この子がいれば、私はきっと悪夢を見ることもない。窓の外を覗けば、少し先には夜の闇に染まった黒い森が見える。あの森は真夜中、静かに啼く。その声は緩やかな悪夢を呼ぶ。昼間は楽園の様な場所だけれど、夜はその様相を変化させる。
おばあちゃんの家には雨戸も窓を覆う窓掛けもない。最初は落ち着かなくて窓掛けを作ろうともしたけれど、すぐにそんなものは必要がないことに気付いた。この場所には私とおばあちゃんしかいないのだから、他人の目を気にする必要もないのだ。
私は暫く深い眠りに入ったであろうアドネを眺めてから、そっと寝台を抜け出した。枕元の台に置いた照明器具に火を灯して、音を立てない様に部屋を出る。この家は古びているし、普段はその見た目通り古びた音を立てるけれど、うんと念じながら歩くと、私の意思を酌んでくれたかの様に音を立てることはない。きっとおばあちゃんの魔法がこの家の隅々にまで行き届いているのだろう。
玄関の扉を開けて景色を照らす月明かりに口元が綻ぶ。手にぶら下げた白い靴を見て、今日は何をしようかと考えた。足元に咲く小さな白い花が、月明かりに照らされてほんのりと淡く発光しながら風に揺れているのを見て、ふと思い出した光景のままに足を動かす。金平糖の精の舞。流れる音を思い出して、自然と鼻歌を歌う。最後に踊ったのはいつだっただろう。あれほど何度もやめたいと思っていたのに、踊ることはやっぱり楽しくてやめられなかった。けれど此処へ来る少し前に結局やめて、この場所へ来てから結局毎晩の様に踊っている。
柔らかな風が吹いて、ふと懐かしい歌を思い出した。小さな頃におばあちゃんがよく歌っていた歌だ。思わず口ずさむ。そうしていると様々な光景が頭を過ぎった。わたしがまだ小さかった頃のこと、本のたくさんある部屋でおばあちゃんが話してくれたこと。わたしが、此処へ来る前のできごと。
わたしが、此処へやってきたのはおばあちゃんが亡くなって数日経った日のことだった。あの丘の上に住む魔女のおばあちゃんとは違う、血の繋がったわたしのおばあちゃん。彼女の口から紡がれる物語は、わたしにとって一番の楽しみだった。おばあちゃんは、いつも言っていた。「夢みたいな話かもしれないけれど、これは本当の話なのよ」と。誰もその話を信じなかったけれど小さなわたしはそれは嘘なんかじゃないと思っていた。御伽噺の様な話だったけれど、それを話すあばあちゃんの目はいつも懐かしそうに細められていたから。
深い森の真ん中に開けた土地があって、その土地に魔女は住んでいる。おばあちゃんはそう言っていた。わたしのお母さんや兄弟たちはおばあちゃんのその話しを聞くとやれやれという顔をしていたから、おばあちゃんもそのうちわたしにだけ、内緒話するみたいに話してくれる様になった。
おばあちゃんは、小さな頃によく不思議な経験をしていたのだという。その中でも、一番の出来事が、魔女との出会いだった。
二度目だというのに、そんなに嫌なのかと少し悲しくなってしまうけれど、他に寝台もないし仕方が無い。それに、寝ている間、意識のない時に温かさに知らず近づいてしまうのも仕方のないことだと思う。
寝台に入って暫くしてから、アドネの静かな寝息が聞こえてくると、私はくっつかない程度に身を寄せた。すぐ近くに人の温もりがあることにほっとする。星月の明かりは窓から仄かに入ってくるけれど、薄暗闇の中で自分一人ではないことに泣きたいほどの嬉しさを感じる。この子がいれば、私はきっと悪夢を見ることもない。窓の外を覗けば、少し先には夜の闇に染まった黒い森が見える。あの森は真夜中、静かに啼く。その声は緩やかな悪夢を呼ぶ。昼間は楽園の様な場所だけれど、夜はその様相を変化させる。
おばあちゃんの家には雨戸も窓を覆う窓掛けもない。最初は落ち着かなくて窓掛けを作ろうともしたけれど、すぐにそんなものは必要がないことに気付いた。この場所には私とおばあちゃんしかいないのだから、他人の目を気にする必要もないのだ。
私は暫く深い眠りに入ったであろうアドネを眺めてから、そっと寝台を抜け出した。枕元の台に置いた照明器具に火を灯して、音を立てない様に部屋を出る。この家は古びているし、普段はその見た目通り古びた音を立てるけれど、うんと念じながら歩くと、私の意思を酌んでくれたかの様に音を立てることはない。きっとおばあちゃんの魔法がこの家の隅々にまで行き届いているのだろう。
玄関の扉を開けて景色を照らす月明かりに口元が綻ぶ。手にぶら下げた白い靴を見て、今日は何をしようかと考えた。足元に咲く小さな白い花が、月明かりに照らされてほんのりと淡く発光しながら風に揺れているのを見て、ふと思い出した光景のままに足を動かす。金平糖の精の舞。流れる音を思い出して、自然と鼻歌を歌う。最後に踊ったのはいつだっただろう。あれほど何度もやめたいと思っていたのに、踊ることはやっぱり楽しくてやめられなかった。けれど此処へ来る少し前に結局やめて、この場所へ来てから結局毎晩の様に踊っている。
柔らかな風が吹いて、ふと懐かしい歌を思い出した。小さな頃におばあちゃんがよく歌っていた歌だ。思わず口ずさむ。そうしていると様々な光景が頭を過ぎった。わたしがまだ小さかった頃のこと、本のたくさんある部屋でおばあちゃんが話してくれたこと。わたしが、此処へ来る前のできごと。
わたしが、此処へやってきたのはおばあちゃんが亡くなって数日経った日のことだった。あの丘の上に住む魔女のおばあちゃんとは違う、血の繋がったわたしのおばあちゃん。彼女の口から紡がれる物語は、わたしにとって一番の楽しみだった。おばあちゃんは、いつも言っていた。「夢みたいな話かもしれないけれど、これは本当の話なのよ」と。誰もその話を信じなかったけれど小さなわたしはそれは嘘なんかじゃないと思っていた。御伽噺の様な話だったけれど、それを話すあばあちゃんの目はいつも懐かしそうに細められていたから。
深い森の真ん中に開けた土地があって、その土地に魔女は住んでいる。おばあちゃんはそう言っていた。わたしのお母さんや兄弟たちはおばあちゃんのその話しを聞くとやれやれという顔をしていたから、おばあちゃんもそのうちわたしにだけ、内緒話するみたいに話してくれる様になった。
おばあちゃんは、小さな頃によく不思議な経験をしていたのだという。その中でも、一番の出来事が、魔女との出会いだった。