先に出て寝台の上で寝る準備をしていると、アドネが戻ってきて小さな溜息を漏らした。もしかして機嫌が悪いのだろうか。けど、どうして。考えてみても彼女が不機嫌になる理由が思い浮かばない。
 アドネは静かな足取りで寝台の前までやってくると、そこからじっと私を見下ろした。
「ヘンリエッタ、何か違和感を感じたことはない?」
 私は首を傾げる。
 違和感。それならばどうして彼女が不機嫌になるのかということで少し感じてはいるけれど、もしかして私が何か彼女の機嫌を損ねるようなことをしてしまったのだろうか。
「私を森で見つけてくれたのは君だよね?」
 その通りだけれど、それが一体なんだというのだろう。頷いてからまた首を傾げる。言いたいことがあるのなら回りくどいことをせずにはっきりと言ってくれればいいのに。
 アドネはまた溜息を吐いて寝台に力なく座り込んだ。その振動で私の身体も少し揺れる。肩を落とす彼女の背を突き、振り向いた顔の頬に指を立てた。あんまり溜息を吐くと幸せが逃げてしまうよ。どうしてか急に落ち込んだ彼女の気を紛らわそうと思ってしたことだったけれど、効果は皆無だったどころが逆効果だったらしい。アドネは一番大きな溜息を吐いて寝台に仰向けに寝転んだ。私はその行動に少し目を円くする。私の中の彼女はとてもそんな行動をする様な人物ではなかったから。そういえば彼女は貴族の娘だと勝手に思い込んでいたけれど、本当のところはどうなのだろう。
 まあ、いいか。彼女が貴族の娘だろうとなんであろうと、この場所では関係がないのだから。私は寝台に寝そべり、彼女の顔を覗き込んだ。驚いた様な大きな目が私を見上げる。すぐにその驚きは呆れたものへと変化した。
「君は、魔女に育てられたの?」
 やはり呆れた口調で訊かれて、私は首を横に振った。私はおばあちゃんに育てられたわけではない。彼女のことは小さな頃から知っていたけれど、一緒に暮らし始めたのはここ数年の間のことだ。因みに血の繋がりもない。繋がりがあったなら、私はアドネをこの家に運ぶのに苦労しなかっただろう。
 私の答えにアドネは意外そうな、同時に興味深そうな表情を浮かべた。もしかすると、ここから質問の嵐がやってくるのではないだろうか。私が彼女の顔を覗き込むのを止めようとした時、次の質問がやってきた。
「君は、魔女の孫ではないの? それとも弟子?」
 そのどちらでもない。どちらかだったらよかったのに。そうすれば質問はここで終わっていた筈だった。
 彼女と私の関係は、一言では言い表せない微妙な関係なのだ。勿論、口を利くことのできない私にはそれ以上に説明が面倒くさいことだった。それになにより、説明したとして彼女は私の話しを信じてくれるだろうか。そんなことをぐるぐると考えていると、訝る視線を投げられた。私が一体なんなのかを考えているのだろう。私自身は魔法を使える訳ではないし、おばあちゃんの様に天気を読めるわけでも、力持ちなわけでもない。本当に普通の人間だと自負している。
 私が首を横に振ると、アドネは小首を傾げた。その仕草でさえも綺麗で、私は彼女をまじまじと見る。
「だったら、君は一体誰?」
 以前もされたことのある質問に、私は一瞬、身体が固まった様に動けなくなった。ほんの少しだけれど、魔が差しかけたのだ。彼女に、本当のことを言ってしまおうかと。けれどすぐに思い直した。折角友達になれたのだから、本当のことを言って、もし嫌われてしまったら嫌だから。
 ヘンリエッタだよ、と手の平に書くと彼女はまた微妙な顔をする。私がそのことを誤魔化そうとして手を握ると、目を逸らされた。
 それにしても、アドネは何を言いたかったのだろう。