台所に戻ると、私は手ぬぐいで顔と頭を拭いた。木板の上に置きっぱなしだった小金瓜から、赤い汁が滴って木の板を変色させている。私は素早くそれを切ると、鍋の中へ放り込んだ。
「豪快だね」
 いつの間に付いてきていたのだろう。アドネが扉の前で興味深そうに台所の中を覗き込んでいた。貴族の娘には台所の風景なんて珍しいのかもしれない。私が毎日作る料理は繊細なものではなく、彼女の言った様に豪快で飾り気のない家庭料理だ。お腹を空かせた子供たちを持つ母親ではないけれど、毎日作る料理にそこまでの手間をかけることもない。それでもおばあちゃんには私が台所に立つと何時間も出てこないと言われるけれど。鍋の中でことことと煮込むのが好きなのだ。石釜の中で美味しそうに焼けていくパンを見るのも好き。時々果物を採ってきては、鍋で砂糖と煮炊き瓶に保存した時の満足感といったらない。
 私が鍋の中を大きな木匙でかき混ぜていると、アドネがその中を覗き込んできた。その仕草は私の中の彼女の雰囲気と合わなくて、思わずその顔を凝視してしまった。好奇心のせいか、小さな子供の様な真似をしていることに彼女自身気付いていないらしい。
「いいにおい」
 もっといいにおいになるよ、と私は手を休めて彼女の手の平に書いた。嬉しそうに微笑む彼女は幾分幼く見えた。それにしても彼女は幾つなのだろう。言動もどちらかというと落ち着いて見えるし、私よりは年上だとは思うけれど。それも指で訊いてみたら、アドネは少し不思議そうに小首を傾げた。
「十六だよ。ヘンリエッタは」
 訊かれながら、私は暫く答えることができずに彼女の姿を頭の天辺から爪先まで眺めた。私の目線の高さは彼女の顎辺りだ。すらりと背の高い彼女の顔も少し大人びていて、到底私より年下には見えなかった。なのに、二歳も年下だ。私は幼いわけでもなく、極めて年相応な容姿の持ち主だと思っていたのだけれど、私と彼女の差は一体なんだろう。彼女は大人びているけれど、それだけではない様な気がする。
 私が衝撃を受けている間、彼女は律儀にも私が次の文字を書くのを待っていてくれた。私はおそるおそる彼女の手の平に数字の十八を書く。案の定、彼女の目が驚きに見開かれた。
「私より年上? 本当に?」
 訊かれても困る。訊きたいのはこっちだし、それは本当なのだから。それにしてもそんな風に訊きかえすのは失礼なのではないだろうか。
 思わずむっとした顔で頷くと、アドネはばつが悪そうな顔になった。
「いや、あんまり可愛らしいから年下かと思ってたんだ」
 おだてて誤魔化そうとしているのは丸分かりだったけれど、悪い気分はしない。一気に怒る気も萎んでしまった。それもアドネにはお見通しだったらしい。困った様子は鳴りを潜め、綺麗な顔にはまた愛らしいとも思える笑顔が浮かんでいた。
 けれど、私は一体何歳に見られていたんだろう。
 また自らの機嫌が良くない方向に向くのを予想して、それは訊ねないことにしておいた。