何も考えずに電車に乗り、思うままに降りると、そこはあの約束をした海。
あれから1ヶ月が経ったのに、相変わらずそこは寒くて、ここだけは時間が止まっているんじゃないかと思えた。
私は波打ち際まで来て海を見つめた。

「やっぱりここは寒いね、東吾」

海に向かってポツリと言った。
そしてそのまま誰もいない海に向かって話しかけた。

「ねぇ東吾。私、東吾に会いたいよ。東吾、言ったよね?我慢しなくていいって。会いたいって言っていいんだよね?」

当然海からは強い風が吹きつけるだけで返事は返って来ない。
私は一歩足を踏み出した。
すると波が私の足元を濡らした。

「東吾、そこにいるんでしょ?まだ海の中なんでしょ?」

話しかけながらも私は足を前に進めた。
足を濡らす冷たい海水が段々私の身体を冷やしていく。

「冷たい・・・こんな冷たい海の中にいるの?東吾・・・・」

今、東吾と同じ冷たさを感じてると思えば、私は東吾と心が繋がった気がした。

「今、行くから・・・。会いに行くから・・・・」

膝の上まで海に浸かり、尚も前に進もうとするけど、波が邪魔をしてなかなか進まない。
身を切る様な冷たさが私を襲うが、私にはそれも愛おしく感じた。
東吾が感じた冷たさ。
東吾が感じた痛さ。
それを私も感じていると思うと嬉しかった。
東吾に近づけた気がした。

もっと・・・

焦る気持ちで足を進めた時、不意に誰かが私の腕を掴んだ。


「なにやってんだ!沙羅っ!!」

声のする方を見れば、ジャージ姿の景がいた。

「景・・・離してよ」

顔を確認してすぐに視線を海に戻してそう言うと、景がぐいっと私の腕を引いて岸に戻り始めた。

「離して!離してよ、景!東吾が・・・東吾が待ってるの!!」

引き摺られるのを必死に抵抗すると、景は私の腕をさっき以上の力で引き寄せ私を抱きしめた。
景の腕の中でも私は暴れて抵抗した。

「離して!離して!離してっ!!東吾に会いに行くの!会いたいの!!」

私は泣きながら叫んでいた。
自分でももう自分の感情が止められなかった。

会いたい・・・・

その想いだけが暴走していた。
そんな私を押さえつけるように抱きしめながら景が怒鳴った。

「沙羅っ!あいつはいないんだ。もうここにはいないんだ!!」

景の叫ぶような声に肩をびくっと震わせた。

ココニハイナインダ

景の言葉が私の胸を抉った。

「いないの・・・?東吾に・・・もう会えないの?」

抵抗していた力を抜き、呟く様にそう言った。
景は腕を緩めて私の顔を見て、今度は静かに告げた。

「沙羅、あいつにはもう会えない。あいつはもうお前を迎えに来れないんだ」

その言葉は私の心を壊すんじゃないかと思うほど痛かった。
私は目を閉じてその痛みに耐えた。
目からは止め処なく涙が溢れていた。

「東吾・・・」

そう呟くと私の身体から全ての力が抜けた。
そんな私を景はしっかりと抱きとめて砂浜に引き上げた。
力なく膝をつく私を景も同じように膝をつき抱きしめてくれた。

「沙羅、辛いだろうが現実を受け止めろ」

景の言葉が重く私の胸にのしかかった。
現実・・・
東吾がもういないという現実。
それを受け止めろという。

「うっ・・・ふっ・・・うわぁぁ・・」

私は小さな子供の様に大声で泣き、景の胸に縋り付いた。


この日、事故を知って初めて泣いた。