不安がないはずがない。
言葉の通じない、全く違う環境で。
周りは全てライバル。
そんな中に田宮は飛び込んで行こうとしている。
今、私が田宮に想いを告げても、田宮にとってはマイナスにしかならない。
想いが支えになる程、私たちはまだ大人じゃない。
距離に負けないほど、お互いに気持ちを育てていない。

それなら
私は祈るよ。
田宮がプロのなれる様に。
向こうに行って誰よりも強くなれる様に。
田宮が私に優しさをくれた様に。
私も田宮を見守るから。
どうか
どうか負けないで。

私は涙でぐちゃぐちゃの顔を上げて
そして思いを込めて笑った。

「行って来い!頑張れ、東吾」

名前で呼んだのは、せめてもの私の恋心。
名前で呼んでくれたあなたに、私もお返しの意味を込めた。
東吾は最初目を開いて驚いていたけど、すぐに優しく笑った。

「沙羅、ありがとう」

そう言うと、私の後頭部に手をかけぐっと引き寄せた。

あ・・・・

そう思った時には唇が重なっていて、一瞬でその温もりは離れた。

「餞別な」

いたずらっぽく笑った東吾は、いつもの東吾だった。

「ばーか」

私もいつもの笑顔で答えた。

「ほな、行ってくるわ」

まるでちょっとその辺にでも行くように東吾が言った。

「うん、いってらっしゃい」

私もさりげなく答えた。
その答えに東吾は笑顔を返して私に背を向けた。
私に最初に見せた、ふわふわの笑顔をして。
東吾はアメリカへと旅立っていった。


「いってらっしゃい」

飛び立つ飛行機を見ながらひとり呟いた。
好きだと告げなかったけど。
好きだとも言われなかったけど。
私の心は満足していた。
東吾を笑顔で見送れたから。
東吾の笑顔を見れたから。
東吾を好きなままだけど、私は前に進める気がした。


「東吾がプロになるまでに、いい女になってやるからね」

小さくなっていく機影に誓った。



だけど

私の初恋がここで終わりを告げていれば
どんなに楽だっただろう

その事に気付くのは
1年後だった。