「それ以上言うたら、俺、お前をここに置いて行かれへん様になる。せやから、それ以上は言うな・・・」

いつもより低い声で田宮が私を「沙羅」と、「お前」と呼んだ。
今までそう呼ばれた事は一度もなくて驚いたけど、
もっと驚いたのは、田宮の言った言葉だった。
私は暴れることを止め、大人しく田宮の腕に収まっていた。

「お前の気持ちを正面から受け止めたら、離れたくなくなる。アメリカになんか行きたくなくなるやろ」
「えっ?」

田宮はもう一度、私をぎゅっと強く抱きしめるとその腕を緩め私を見た。

「沙羅」

そう言いながら田宮は私の髪を撫でた。
私はその行為を呆然と受け入れていた。

「ごめん。心の中ではいつもそう呼んどった。そやけど、俺は沙羅の気持ちにこたえられへんし自分の気持ちも誤魔化さなあかんかった。そやから自分の気持ちにブレーキかけるためにも『委員長』って肩書きで呼んどった」
「自分の気持ち?誤魔化す?」

田宮の言葉に中に理解出来なかったところを聞き返した。
すると田宮はくすっと少し困った様に笑った。

「教室で俺の学ラン抱きしめて、好きやって言ってる沙羅見た時、ホンマはめっちゃ嬉しかった。せやけど、俺はテニス漬けの生活する為にアメリカに行く。そんな俺が沙羅の気持ち、受け取るわけにはいかへん。淋しい思いさせるの見えてるやろ」

ようやく田宮の私に対する気持ちに気付いて、真っ直ぐ田宮を見た。
その田宮はすごく辛そうだった。

田宮の優しさだったんだ。
私を『委員長』と呼んだのも。
私との間に壁を作ったのも。
どうして今まで気付かなかったのだろう。

そう思うと、堪えていた涙が溢れてきた。

「ごめん・・・田宮・・・」

そう言った私を田宮は今度は優しく抱きしめた。

「沙羅が謝る必要ない。ここに気持ちを残して向こうへ行っても、きっと俺はテニスに打ち込まれへん。そんな俺の弱さのせいなんや。せやから、沙羅」

そこで言葉を切った田宮は私をぎゅっと抱きしめた。

「笑って見送ってくれへんか?向こうへ行って俺がプロになって成功する様に。沙羅が笑ってくれたら、俺、頑張れる気するから」

そう言って田宮は私の肩に顔を埋めた。
まるで祈るように。
私は田宮の肩にそっと手を添えた。
その肩は少し震えていた。