そして迎えた3月9日。
卒業式当日。

いつもと変わりない風景に、私はまだ『卒業』という実感が湧かなかった。
長い校長の話も来賓のお偉い方々の祝辞もどこか他人事の様に聞いていた。
そして最後に卒業生代表として景が壇上に上がり答辞を読み始めた。

「答辞。日々暖かさを増しつつあるこの日に・・・・」

景の低くて凛とした声を聞きながら、私は入学式でも景が新入生代表としてあいさつしていた事を思い出していた。

(あの時より景の声、低くなったな・・・)

そう思い、目を瞑り今の景の声を聞こうとした。
それが間違いだった。
目を閉じた瞬間、後ろで椅子がガタッと鳴った。
私の後ろには田宮がいた。
耳に神経を集中させていた私は、田宮が立てた音を拾い、嫌でも背後にいる田宮に意識を集中させてしまった。
目を瞑り感じてしまった田宮の気配が、私に田宮との思い出を蘇らせた。

職員室で最初に見せたふわふわの笑顔。
その後に見せた鋭い目つき。
観覧車の中で見た淋しげな笑顔。
手を繋いでふたりで見上げた花火。
そして、胸に突き刺さった「ごめん」の一言。

さまざまな田宮との思い出が溢れてきた。
でも、もう思い出も今日で作れなくなる。
今、背中に感じる気配さえも明日からは感じられなくなる。
それが『卒業』なんだ。

やっと卒業の意味を理解した私の頬をつっと涙が伝った。
覚悟はしていたつもりだった。
田宮がいなくなる事。
もう会えなくなる事を。
それでも、現実を目の前にすると心臓が抉られる様に痛んだ。