「ただいま」

家に着いてそう声をかけたけど、返事は返ってこない。
母は確か今日は夜勤のハズなので、明日の朝まで帰ってこない。
混乱した頭を整理するにはちょうどいい環境だと思った。

リビングのソファーに制服のままごろんと横になった。
目を閉じて大きく息を吐き出し、さっき景に言われた言葉を思い返した。

『ずっと沙羅だけを見てきた』

ずっとって・・・いつからなんだろう。
いつから景は私の事を特別に思っててくれたんだろう。
思えば小学校の頃から景は女の子にかなりもてていた。
にもかかわらず、景は中学3年になった今でも『彼女』というものを作った事がない。
それは・・・
私がいたから・・・なんだ・・・。
そうとは知らずに、当たり前の様にずっと景と一緒にいた事を今更ながら申し訳なく思えてきた。

『これから俺の事をそういう目でも見てくれないか?』

私の中に景に対する恋愛感情は今のところない。
景の言う様に私の心は、すでに景ではない人物が占領している。

でも・・・

今日の田宮の態度を思い出し、私の胸はズキンと痛んだ。
何があった訳ではないのにあのよそよそしい態度は何だろう・・・。
興味がなくなったから近づかないでくれって事なのかな・・・。

そう考えてはあっと大きくため息が出た。
私のこの想いの終着点は見えている。
田宮は半年もすればアメリカへと旅立ち、二度と会うこともなくなる。
きっと私はずるずると田宮との思い出を引き摺りながら、自然と想いが小さくなっていくのを待つのだろう。

そう考えていると、ひとつの思いが私の中に浮かんだ。



こんな報われない恋をするくらいなら、いっそ景に甘えてしまえば楽になれる・・・



そんな一瞬の考えを頭を振って追い出した。
なんて自分勝手な考えなんだろう。
景に逃げて楽しようなんて・・・。
ずっと見てきてくれた景の気持ちを利用する様な事を思いついた自分が嫌になる。

「やっぱり恋愛なんて全然いいもんじゃないじゃん・・・」

呟きと一緒に頬を涙が伝った。
こんな風に泣くことしか出来ない自分にも苛立った。

いつか麻衣が言っていた「恋をする事で強くなれる自分」になんてなれないと、この時の私は思っていた。