「懐かしいな!」

教室に入ると、東吾は目を細めて教室の中を見渡した。
そしてゆっくりと教室の中を横切って窓辺に立つと、昔話をするように静かに話し始めた。

「俺な、向こうへ行ってもここで過ごした事ばっかり思い出してた。始めはアメリカ行くまでの繋ぎ程度に考えてたここでの生活が俺にとって一番の思い出になってた」

窓の外を見つめながら話す東吾の隣に立つと、東吾は柔らかく微笑んで私の手を握った。

「言葉が通じへん。テニスも思いようにプレー出来へん。周りには相談出来るやつもおらん。どうしょうもないくらいの孤独を感じる事があったけど、そんな時は決まって空港で分かれた沙羅の事を思い出してた。『行って来い』と『頑張れ』って言ってくれた沙羅を思い出して踏ん張ってた」

嬉しかった。
あの時の決断は間違いじゃなかったんだと思えた。
だけど、東吾は辛そうな顔をして言葉を続けた。

「そやのに俺・・・忘れたんや。あんなに大事に思ってた沙羅の事も。事故に遭ったとき、海に投げ出されて気を失う瞬間まで考えとった沙羅の事を。記憶を取り戻した時、忘れてた自分に絶望したわ。なんで3年も忘れたままでいられたんやって。約束の期限過ぎてるやないかって。そしたら怖くなった」

「怖い?」

意外な言葉に思わず聞き返してしまった。
東吾は俯きながら答えた。

「そうや。もしかしたら、沙羅はもう他の誰かを好きになってるかもしれん。ここの連中も俺の事はもう死んだ者やと思ってるやろう。その事を確かめるのが怖かったんや。もうここには俺の居場所なんかないって確認するのが怖くて確かめる前に逃げた」

東吾の答えに私は声を上げた。