感情的になり、思わず立ち上がり東吾に詰め寄ろうとした私を景が宥めるように肩に手をかけた。
私は仕方なく座りなおした。
東吾は私の言葉をずっと真正面から受け止めていた。
ひどく傷ついた顔をしながら・・・。
そして静かに言った。

「俺さえおらへんかったら、お前らとっくにくっついてたのに俺が邪魔したんや。沙羅、お前を振り回して悪かった。辛い思いしかさせへんかった俺なんかのことはさっさと忘れてくれ」

私は東吾の言葉に項垂れた。

7年という時間はこんなにも人を変えてしまうのだろうか。
目の前にいる東吾は私の知ってる東吾じゃなかった。
どんな時もひたすら真っ直ぐで、ふわふわの笑顔をして無邪気なほど明るい東吾はどこにもいなかった。

「分かった・・・忘れるよ・・・・」

呟く様にそう言うと、景が反応した。

「沙羅・・・お前、そんな簡単なものじゃないだろ。またお前は無理をするのか?」

ずっと傍で見てきた景だから、私が簡単に『忘れる』と言った事が意外だったのだろう。
私は訂正しようと、首を横に振った。

「違うよ。東吾の事を忘れるんじゃない。今日、ここで東吾に会った事を忘れる」

そこで言葉を切って東吾を見た。
以前のような光のない東吾の眼を見て、ますます胸が締め付けられ涙が浮かんできた。
それでも東吾から目を逸らさず言った。

「今、私の目の前にいる東吾は私の知ってる東吾じゃない。私の知ってる東吾は、どんなに逆境に立たされても、どんなに辛い状況になっても、立ち向かっていく、そんな人だったから。こんな風に、なにもかも諦め、人の大切な想いまでも『忘れろ』なんていう人じゃなかったよ!!」

私はそこから逃げるように走って店を出た。
息を切らせて走っていると、後ろから腕を掴まれた。

「沙羅」

景が少しだけ息を乱して私の腕を掴んでいた。

「景・・・・景っ!」

私は景の胸に飛び込んだ。
景は何も言わずただ抱きしめてくれた。




今日、私はケリをつけに来た。
8年間続けてきた初恋を終わらせ、景と共に歩むために。

そこで東吾に会った。
だけどそれはもう私の好きだった東吾ではなかった。
だから私は迷わず景と歩めばいい。
そのはずなのに・・・・。
私の心はやりきれない想いでいっぱいだった。