あんなにもひたむきにテニスと向き合っていた東吾がテニスが出来なくなったなんて・・・。
その事を知った東吾のショックを思うと、私は胸が痛んだ。

東吾も私も言葉を無くしていると、景が東吾に尋ねた。

「田宮、お前日本には居場所がないと言ったな。なら、なぜ今更戻ってきた?」

聞かれたくなかったのだろうか、東吾はぐっと唇を噛み締めた。
そしてはぁっと大きく息を吐き出してから答えた。

「アンダーソン夫妻が亡くなったんや。じいちゃんが先に亡くなって、その後を追うようにばあさんも・・・・。ひとりになって、俺には何にも無くなって・・・。そしてら無性にこの海が見たくなった。ただそれだけや。せやから藤堂から沙羅を奪おうとか思うてないから安心しぃ」

東吾はそう言ってふっと笑った。
淋しそうな、全てを諦めてしまっている様なそんな笑顔をした東吾を見て、なぜか私の胸に不安が押し寄せた。

「東吾・・・これからどうするの?ご両親に会って行かないの?」

私の問いかけに東吾はどこか遠くを見ながら答えた。

「親にはいつまでも内緒には出来へんとは思てるからこれから会いに行く。せやけどすぐにアメリカに戻るつもりや。さっきも言うたけど、ここに俺の居場所はない。親以外の人間には俺は死んだものと思っててもらいたかったのに、お前らに会ったんは誤算やったわ」

そう言って東吾は軽く目を閉じた。
それは目の前にいる私たちの存在を否定しているように感じた。
私は東吾がとこか遠くに感じて、縋る様な思いで東吾に言った。

「東吾、私になにか出来ることはない?」

私の言葉に東吾は目を開け、じっと私を見て答えた。

「あの約束も、俺の事も、全て忘れてくれ。ほんで藤堂と幸せになってくれ。それだけや」


東吾の言葉に私はぎゅっと手を握り締めた。
それでも胸が痛んで、握り締めた手が震えた。
堪えようとしていたけど、耐え切れずに頬を涙が伝った。
それと同時に私の思いが次々と口をついて溢れ出した。

「忘れろですって?初めてのデートも?抱きしめられた事も?胸を裂かれるような別れも?この海でのキスも!プロポーズも!あんたと出会ってから8年間、ずっと私の心の中は東吾でいっぱいだったのに?今更全てを忘れろっていうの?!じゃ・・・なんで東吾はここに来たのよ!!私との思い出が一番強いこの海にわざわざ来たのよ!!!」
「沙羅!」