「俺は身元が分かる様なもんは身につけてなかったし、あの事故では身元の分からん遺体がぎょうさんあったから、それと混じって俺の身元が特定出来へんかったらしい。
とりあえず、俺が持ってたジェフの名前を頼りに警察がジェフの祖父母を俺の入院してる病院に呼んで会わせたんや。
当たり前やけどジェフの祖父母は俺の事は知らん。
そやのにその人たちは何度も俺を見舞いに来てくれたんや。
そん時に言われた」


 『あなた・・・帰るところはあるの?』
 『・・・どこに帰ればいいか・・・』
 『あなた・・・うちに来ない?』
 『えっ?』
 『ジェフはね、事故で亡くなったわ。でもどこの誰かもわからない、自分の記憶さえ無くしてるあなたがジェフの名前だけは持っていた。これは神の思し召しだと思うの。だから記憶が戻るまで家に来ない?』

「俺にはこの人たちに頼る以外方法が無かった。退院して俺はアンダーソン家に世話になった。
アンダーソン夫妻はホンマに俺に良くしてくれた。実の孫の様に接してくれた。
でもな、3年もしたら俺は記憶を取り戻しとった」

「えっ・・・・じゃあ・・・なんで連絡くれなかったの?」

そう問いかけた私から視線を外す様に目を伏せて続けた。

「アンダーソン夫妻はかなりの高齢やったんや。頼りにしてたジェフを失って、その代わりに俺を引き取ってくれたんや。ずっと面倒を見てくれた人を、記憶が戻ったからって放って日本に帰る事は出来へんかった。俺は記憶の無いフリしてアンダーソン夫妻の孫として過ごした」

「そうだったの・・・」

優しい東吾だから年老いた恩人を最後まで見届けようとしたのだと思った。
その時、東吾が辛そうにポツンと言った。

「それにな・・・今更日本に俺の居場所なんか無いと思ったんや」

「どういう意味だ?」

景が鋭く東吾に聞き返した。
東吾はテーブルの上で両手を握り締めながら答えた。

「ずっと行方不明になってる俺の事なんかみんなとっくに忘れてる思ってな。俺の親も俺の事は諦めてるやろうと思ってたし」

東吾のその言葉に私はたまらなくなって聞いた。

「私の事は?私の事もそんな風に思ったの?もう忘れただろう・・と?」

その瞬間東吾がぎゅっときつく手を握り締めた。
そして俯き、苦しそうに言った。

「忘れたやろうと・・・忘れてほしいと思った」

東吾の言葉に私は東吾に詰め寄った。

「なんで?!どうしてよ!私はずっと・・・ずっと忘れられずにいたよ!忘れられたらどんなに楽だったか!!」

「沙羅・・・・俺は約束を守られへんかった。2年で戻るいうのも、プロになるいうんも」

その時、私ははっと気付いて東吾に尋ねた。

「そういえば・・・東吾テニスは?テニスはもうしてないの?」

「テニスは・・・してない。というより出来へんようになった。事故の後遺症で肩を痛めてしもうた。日常生活には支障がないけど、プロ目指すには無理や」

「そんな・・・」