そのまま『じゃあね』と別れる訳にも行かず、私たちは近くの喫茶店に入って東吾に話を聞くことにした。


正面に座った東吾は静かに話し始めた。
それは私の知らない東吾の苦悩の7年間の話だった。


「俺はアメリカに戻る飛行機の中で24~5歳くらいのアメリカ人と知りおうた。名前をジェフリー・アンダーソンいうてな、早口で聞き取られへん俺にわざわざ紙にスペルまで書いて教えてくれてん」


 『ジェフって呼んでくれ。少年』
 『少年はないやろ、俺は田宮東吾、16歳や』
 『君はアメリカに留学にでも行くの?』
 『そうや。テニス留学してるねん。日本に帰省しとったんやけど、 戻る途中や』
 『じゃあ将来プロテニスプレーヤーになるのかい?』
 『そや、そのつもりや』
 『その割にはずいぶん淋しそうに見えたけど、なにか日本に心残 りでも?』
 『心残りちゅうか・・・俺の大事なもん残してきたから』
 『さては彼女だな?』
 『ちがうフィアンセや』
 『16歳でフィアンセがいるのかい?!日本の坊やは随分ませて るんだね!』
 『坊やか・・・。確かに俺はアメリカにフィアンセを連れても行かれ へん子供やからな。せやから一日も早くプロになってあいつ迎え に行かなアカンねん』
 『そうだな。じゃあ俺はトウゴのファン第1号になるよ!君はきっ  と素晴らしい選手になるに違いないから』
 『ありがとうな、ジェフ』

そんな風に俺はジェフとお互いの事を話してん。
ジェフは日本での仕事が終わってアメリカに戻るところやっていうてた。
ジェフには両親がおらへんけど、代わりに祖父母がジェフを育ててくれて、今日もジェフの帰りを首を長くして待ってるって言ってたわ。

そうやって会話をしてるうちに事故が起きた。
俺は海に突っ込んだ時の衝撃で海に投げ出された。
その次に気が付いたらもう病院のベットの上やった。
でもな、俺はなんで自分がここにおるんか、ここがどこなんか、それ以前に自分が誰なんかすら分からんようになってた」

「記憶喪失・・・って事か?」

黙って聞いていた景が東吾に尋ねた。
東吾はただ頷くと話を続けた。