気がついたら、澪王が背を向けてタバコを吸っていた。



「澪王…」

「触んな…」

「ごめん…なさ…」

「最低。マジ、俺最低…」

「えっ…」

「ごめん。やっていいことと悪いことの区別がつかなくなってた」

「あたしっ…」

「もうしねぇから…。お前のこと大事にするって言ったのに…ごめんな?」



そう言って悲しい目をした。



澪王が泣きそう。



澪王が…辛いのは絶対ヤダ…。



「レイさんとはなにもないよ…」

「ん」

「あたしが疲れすぎてて倒れちゃって…ただ介抱してくれただけで…」

「ごめん、マジでごめん…」

「痛かったっ!!澪王なんて大っ嫌い!!」

「ん、ごめん…」



いくらひどいことされたって、あたしは澪王から離れたくない。



本当の澪王をちゃんと知ってる。



あたし、澪王から離れたくない…。



「うぁぁぁぁぁん!!」

「ごめん、ごめん…」

「帰らないでっ!!澪王がそばにいないのイヤだっ!!謝るな!!もうなにもかもヤダぁ~…」



わけがわからないくらい泣いて、自分でもなにを言ってるのかわからないほど泣き叫んだ。



ユウリに起こされて目を覚ますと、昨日は軽いパニックだったんだと思う。



目が腫れてる…。



「澪王は…?」

「シャワー浴びてる。僕が起きた時にはリビングにいて、寝てないみたいだったから…」

「そっか…」

「シュリ、手首、痣になってる」

「えっ!?」

「まぁ、僕はなにがあったのかわからないけど…。澪王さんが辛そうだったからさ」



なんで澪王があんなに怒ったのか、あたしにはよくわからない。



だけど、レイさんちにいたことが、澪王には許せなかったんだと思う。



どんな理由があったって、あたしは澪王を怒らせた。



あたしも悪い。



昨日より重い体を起こし、リビングに行くと、湯上がりの澪王がいた。



くっつきたい…。



「おはよう、澪王…」

「おはよ」

「いい匂い…」

「お前もシャワー浴びれば?」

「苦笑いしないで。昨日のことはあたしも反省したから…」

「ははっ、ごめんな?」

「大好きだよ…」

「俺は好きすぎて…壊すかと思った…」



それでもいいよ…。



抱きしめてくれた澪王の腕はいつもと同じように優しくて、安心する…。



「もう謝らないでね?」

「ん、もうあんなこと、絶対しねぇから…」

「したら別れる…」

「うん、わかった」



ため息をついた澪王がボソッと呟いた。



『嫉妬って怖い…』



その言葉が嬉しくて、疲れなんか吹っ飛びそう。



「朝から鬱陶しいモノ見せないでちょうだい」

「「社長!?」」

「ちょっとシュリ!?この痣はなに!?」

「昨日澪王とちょっとハードなことしたらついちゃった」

「澪王…。言ったわよね?痣なんかつけたら許さないって!!あなた、私のシュリになにしてくれてるのかしら!?」



朝から社長にガミガミ怒られた澪王は疲れた様子で社長の家を後にした。



仕事に向かうあたしに、レイさんは軽率なことをしてすまなかったと、一言だけ謝ってくれた。



「超痛かったんだからね!!この痣隠れるかな~?」

「どんなことをすればそんなになるんだ!!」

「説明してほしいの?澪王の鬼畜さ」

「いや、いい…。悪かった…」



もう澪王を怒らせるのはやめます。



【澪王】



大事なモノを自分の手で傷つけた時の胸の痛みはハンパない。



なんであんなにキレてしまったのか、自分でも謎。



「ソレはお前が悪い」

「反省した…」

「まぁ、連日仕事詰めで俺たちはめちゃくちゃイライラしてるし?レイに対してプチッとイっちゃった気持ちも分かるけどな」

「マジであのメガネ、俺をバカにしやがって…。絶対シュリが好きだ…」

「俺なら蹴り飛ばしてメガネ割ってただろうよ」



笑いながらそう言ったアツシ。



本当は殴ってやりたかった。



だけど俺の腕の中にはシュリがいて…。



シュリにそんな汚いモノを見せたくもなくて。



後部座席でアイツの服を着たままグッタリしてるシュリを見る度、どうにもできない感情にイライラした。



最終的にはシュリに当たるっつー最低な俺。



アレはフラれてもおかしくねぇっての…。



「マネージャーなんてクソだな!!」

「すみません、クソで。仕事の時間ス」

「あっ、お前もクソだ。俺らを過労死させてぇんだろ?」



イライラが治まらねぇ…。



仕事、レイ、孤独。



今の俺はそんな感じ。



とにかく歌って発散したい。



外に出れば騒がれるし、パーッと買い物する時間もねぇし。



ギッチギチのスケジュールをすべて黒く塗りつぶしたくなる。



「前から思ってたけど、俺らってそんなに売れてんの?」

「「はぁ!?」」

「わりぃ、愚問ってヤツだな…」

「バカかお前。今売らなくてどうすんだよ。飽きられたら終わり。時代ってのは流れてんだから」

「うわぁ~、リキが現実的なこと言ってる…」

「れ、澪王が変なこと言うからだろ!!」



やらなきゃダメなら、やるしかない。



気合いを入れて、歌を歌う。



そんなある日、シュリからメールが届いた。



『温泉サイコー!!露天風呂、超星が見えんの!!料理めっちゃうま~』



へっ…?



なぜ、俺の母親とツーショット…?



温泉って?



まさかの旅行?



「もしも~し」

「お前今なにしてんの!?」

「カニ食ってた」



ちげぇよ!!



俺が言いたいのはそれじゃねぇ!!



「一緒に写ってるの、俺の母ちゃんじゃね…?」

「そうだよ。ふたりで来たの。ユウリは仕事でこれなかったんだぁ」

「聞いてねぇんだけど…」

「あっ、言ってねぇ」



オイオイ。



俺が反省してモヤモヤイライラしてるってのに…。



でもまぁ、今のシュリにはいいかも。



泣いて、パニックになったシュリが散々文句を言ってたから。



情緒不安定っぽかったし…。



「ストレス、抜けたか?」

「それは澪王に会わないとムリ」

「ははっ!!」

「リフレッシュしたよ。寝る前も温泉入るの。お土産買ってくから」



そう言っていたシュリからの土産が届いたのは、2日後だった。



なぜかマネージャーが持ってるデカい発泡スチロール。



「澪王さん宛で社長から預かりました」

「中身なに…?イヤな予感がする…」



音楽番組に出る前の楽屋。



恐る恐るソレを開けたら、案の定そこには例のアレ。



しかも生きてるし!!



「カニ!?」

「カニだな…」

「「ぷっ!!ぎゃははははははっ!!」」



今の状況でどうしろって!?



このカニ、いつまで食わなきゃなんねぇの!?



「シュリちゃんナイス~!!」

「楽屋にカニって!!とことん空気読めねぇヤツ~!!あの性悪、頭もわりぃのかよ~」



一応女子高生だろ…。



せめてその土地の銘菓とか、チョコとかさ…。



ダサいストラップとか!!



他にもあっただろ~…。



「今日何時に終わるっけ?」

「予定では22時です」

「なら澪王んちでカニパーティだな!!」



そうなるわな…。



この量、ひとりじゃ食いきれねぇもん…。



「駿太郎、カニの茹で方調べとけよ」

「ってか、コレ茹でるくらいデカい鍋って澪王んちにあんの?」



ねぇよ!!



なので、暇そうなマネージャーに鍋を買いに走らせた。



たまにはマネージャーも呼んでやるか…。



仕事が終わり、全員で家に帰る。



「小林、お前が茹でろよ」

「わかりました。半分は焼くんですよね?ってか俺、プライベートでもパシリスか?」

「誰のおかげでメシが食えてっと思ってんだよ。明日は午後からだし?たまにはいいだろ」

「別にいいですけど…」



マネージャー小林。



コイツって確かレイに仕事教えてたよな…。



「小林はなに飲む?」

「ビールで」

「ん」

「ありがとうございます」



俺らのマネージャー歴3年。



他のヤツはやりづらくてダメ。



俺たちは小林が気に入ってるわけで。



前に他のヤツに変えるって言われた時は、全員で反対した。



「お前って笑うの?」

「そりゃあ笑いますけど」

「笑ってるとこ見たことねぇ」

「ライブがうまくいった日の夜とか、新曲がすげー売れた日の夜はひとりで笑ってます」

「なんか根暗っ!!だから女できねぇんだろ!!」

「失礼スね。いますよ、彼女」

「「マジで!?」」



そんな時間どこに!?



まさか社内恋愛!?



「何歳!?」

「えっと、永遠の17歳です」

「「は…?」」

「選択を間違うとフられますけど。この前、やっとキスしました」

「お前…それって…ゲームなんじゃ…」

「リアルにできるわけないでしょうが。相当病んでますから、俺」



超不憫っ…。



しかも自分で病んでるって言い切ったよ…。



「小林、俺らが悪かった…」

「なんかスゲー反省したよ、俺…」

「今度の合コンは小林も誘うからな!!」

「休みたい時は休んでいいぞ!?」



カニは俺が茹でよう。



忙しすぎておかしくなった小林を労ってやるから…。



俺は幸せ者だな…。



『カニパーティ~!!みんなで食ったから。ありがとな』



パーティ風景を撮り、メールに添付。



カニのおかげで、少しは俺らもリフレッシュしたから。



やっぱり息抜きも必要だ。



最近の疲労が溜まってる俺たち、酔いつぶれるのが早くて。



残ったのは、後かたづけをしている小林と、まだ飲んでる俺。