「何笑ってんだよ、お前ら」




不思議な私と澪の会話に、首を傾げる知景。




爽やかな顔が少し曇る。






「内緒だよな、キキ」



「ふへへへ」






思わずこぼれた笑みに、知景は不服そうに唇を尖らせた。





「ほんと仲いいな、お前ら。マグロ俺一人で食っちまうぞ!」




「そ、それは困る! 私のごはん!」




「ハハハ、冗談」








こうして、不安だったたったひとつの問題が解決して。




ようやくまた平穏な日常に戻れるのだと。






思っていた私。













余計なことは、もう聞かない。





澪のそばにいれればそれでいい。






知景とも仲直りしたし。








きっと、これからにちょっとした喧嘩はあっても、すぐに元に戻れる。







またのんびりにふわふわに、なんとなーく澪と二人でこれからの時間を過ごすんだな。






なんて。









ちょっとした先にある未来を考えて気分はほんわか。












そう、思ってたのに……。


















現実は想像を遥かに越える、とはよく言ったものだ。







澪が抱えてる"過去"と"未来"に。










呑気な私は、まだ気付かない。












その日の夜。










私は、"オワリノハジマリ"への一歩を歩き出した。
















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そこに居たのは


私で




そこの隣にいたのは


貴方で








だけど、その二人は



"澪とキキ"という存在では



なかった





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"キキ、おいで"




来たことのない。




何もない、ただただ真っ白な空間。






澪が優しい笑顔でそう呼ぶ。




もちろん、私は当たり前のように彼のもとへ行こうとするのだがなぜか思うように動けない。





"キキ"






また名前を呼ばれる。





待って澪、どうしてか動けないの。





そう伝えようとしたのに、今度は言葉が出ない。












早く彼のそばにいきたいのに。




"キキ"って名前を呼んで、頭を撫でて欲しいのに。





私と澪の距離は縮むことはなくて。







"俺にはなつかないな、お前は"






それどころか、そう一言漏らすとプイッとそっぽを向いてどこかへと行ってしまう。





待ってよ澪。





行かないで。






やっぱり何もできないまま、動けないまま。





私は涙を流すことさえ、出来なかった。













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「……ッ!」







一瞬、息をすることさえ忘れたまま。




見開いた目を右往左往。






なぜか冷たくなっていた右手の指先を、眉間に置いた。







……夢だった?






回りには暗闇の中、時を刻むシンプルな時計。




黒いシーツの羽毛布団。




見慣れた、澪の服が入っているクローゼット。







寝室だ。



大丈夫。




あの空間は、もうないのだ。





ホッと、一息吐いた。












きっと、何かの悪い夢だったんだ。




そう自分に言い聞かせるが、何かが胸の奥に引っ掛かった。






何故か。







あんな空間行ったこともないし。




身に覚えもない。







なのに、何故か心当たりがあるような。




分かりそうで、分からない。





そんな言い様のないむずがゆい感覚が、頭の中でモヤモヤととぐろを巻いている。











場所は分からない。




声が出ないだとか、動けないだとか。




そんな症状に陥った記憶もない。








たった今見た悪夢を、遡って考えた。








"俺にはなつかないな、お前は"








ふと、その言葉が脳内でリピートされた。




あれ?





私、澪にそんなこと言われたことあったっけ。





ないはず……なのに、何故か感じたことのある。





懐かしいような、寂しいような。








何かを思い出せそうな、曖昧な回想の中。




私は、いつもと違うこの部屋の異変に気がついた。