この物語のように。
キミは今頃、嘘吐きの神様と話をしているのかい?
頼んでもいないのに、僕のためにその小さな命を捨てようとしているのかい?
分からない……分からないよ、キキ。
どうしてこんな僕のためにそこまでするんだ。
どうしてまた……僕を独りにしてしまうんだ。
「──────死なないでと、言ったじゃないか」
もたれかかって、ギュッと抱き締めた彼女は何だか固くて。
いつの間にか乾いた血が、赤黒くなっていた。
さよなら、キミが愛した僕らの世界。
さよなら、僕が愛したキミとの世界。
独りぼっちの世界で生きていけるほど
僕は強い人間じゃないんだと。
無責任に全てを放って、僕は逃げる。
だけど最期は……せめてキミのそばでありたいと。
愛しい仔猫のそばで
僕は彼女と一緒に運んだ紅い包丁を
涙を流しながら喉に突き立てる。
「さよなら────独りぼっちの僕」
世界が紅に染まったところで
僕の記憶は途絶えた。
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「澪!」
ある高校近くの電信柱の下で、その高校の制服を着た一人の女の子がそう声をあげた。
肩下まで伸びた艶のある黒髪。
強気で綺麗な顔立ち。
先月の中旬におろしたばかりのまだ着なれていない制服が、彼女の華奢な身体を包んでいる。
「遅い!」
「じゃあ教室の前で待ってたらいいだろう」
「3年生の教室なんて行けないよ!」
「なんで」
「だ、だって……」
頬を紅く染めながら俯く彼女を、微笑ましそうに見つめる彼。
春風になびく赤毛に、一重のつぶらな瞳。
男の子のわりに、綺麗な顔立ち。
やんわりと形の良い唇の口角があがる。
「だって?」
「つ、付き合ってるのバレたら……恥ずかしいじゃん」
「キミが世間体を気にするなんて珍しいね」
「しょうがないでしょう! 彼氏なんて澪が初めてなんだもん」
可愛いことを言ってくれる……なんてバツの悪そうな顔で少し照れた彼。
2人は付き合いたてである。
「ひ、人が来る!」
「そりゃあ来るよ。通学路だし」
しきりに照れる彼女は、早く早くと彼の背中を押してその場から立ち去りたがる。
そんな様子を、男は面白そうに笑う。
「いつもは強気なくせして、こんなときはそういう顔するんだ」
「変な顔とでも言いたいの?」
「いいや。言わないさ、キミは僕が知っている人のなかで一番綺麗だから」
「……! またそんな歯の浮くような台詞を!」
「だって本当だから」
黙りこむ女の子。
きっと自分の背を押しながら照れているのだと、男は何だか嬉しそうに歩き出した。
しばらく歩くと、人目も気にならなくなったのか。
2人肩を並べて歩く。
先週頃に桜が咲き始めた歩道専用の通りだ。
「今日も家に来るの?」
「ううん。今日は家族で出掛けるの。ほら、お母さん誕生日だから」
「そう。仲がいいね」
トンネルのように空を覆い隠して連なる桜の木を眺めながら、そんな会話をする。
だけど女の子は少し拗ねたように唇を尖らせた。
「そうかしら。過保護すぎてときどき嫌になるわ。門限はあるし、遊びに行くときは誰とどこに行くのかとかしつこいし……」
「普通じゃない? キミは一人娘だし」
「そうかなぁ」
「……愛されてるって証拠でしょ」
「…………」
女の子は何も言わずに、少し大きい制服の袖を握る。
隣でどうしたのかと男が顔を覗きこむと、しばらくしてから優しい瞳で"そうね"とだけ呟いた。