「俺になら、こういうことされてもいいの?」
「……っ」
鼻先がぶつかりそうなほど近い距離で、彼はまた悪戯に口角をあげる。
私とは違って、どこか余裕で。
この状況楽しんでいるようで。
でも。
「……好きだって……言ってくれたから」
貴方は私に幸せを教えてくれたから……。
「…いいよ…キスして、澪」
そのまま近づいた彼の唇が私の唇に押しつけられて。
わずかな隙間に侵入した彼の舌は、行き場のない私の舌を容易く絡めとる。
「……っ、ん」
時折息をしようと顔を逸らしても、すぐに捕まる彼の熱に。
頭がくらくらして。
哀しくもないのに涙が溢れて。
「……、……っ」
恋って不思議ね。
貴方に何回の好きを伝えても、足りない気がするの。
もっと触れたい。
そばにいたいと。
ワガママになる私を、どうか嫌いにならないで。
「……キキ、キミは居なくならないで」
猫に恋した彼を、猫の私は抱き締めた。
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恋はとても切ないと
猫の私は知りました
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翌日から戻ってきたのは。
今までとなんら変わりのないあの日常だった。
「おはよう」
「早いね、キキ」
「澪が遅いんだよ」
いつもどおりお昼に起きてくる彼を、リビングで待ちぼうけて。
何度繰り返したであろう言葉のやり取りを交わして。
何も変わっていない。
変わっていないからこそ……恐い。
「ねぇ、澪」
「うん」
パンをかじりながら、ソファーに座る私の隣へと腰を下ろした彼。
まだ少し寝惚けているようなそんな顔をしている。
「これから、外には出られるの?」
「……極力出ないよ。言っただろう、僕はキミを誘拐したんだ。外に出て居所が割れると、いろいろ面倒なことになる」
「面倒なこと?」
「きっとキミに説明しても難しいと思うけど」
「……そっか」
小さく呟いて、近くにあったクッションをぎゅっと抱き締めた。
自分を猫だと知って。
その頃の記憶なんかは全くないし、今こうしていても私は猫だったんだという実感も沸いてこない。
そして何故私は何も知らないくせに、例えばこれはクッションなんだと分かるのだろう。
テレビ、時計、ベッドなどの家具。
嬉しい、哀しい、おいしいなどの言葉。
ご飯の食べ方、お風呂の入り方、笑うなどの動作。
全て、猫の私が知るはずもないそれを。
どうして私は今まで出来ていたのだろう、知っていたのだろうと。
私は澪に聞いてみた。
「それは僕にも分からない。
なんてったって
猫のキミが人間の中にいる
という事実だけでも
それはすごく不思議なことだし。
でも、もし仮説をたてるとするなら
アヤノはその母体に
感情、知識、行動を残していった。
そして、その3つの中の選択肢から
自分で選んで
表に出す"意思"だけを
キミにあげたんじゃないかな。
そしてキミはアヤノが残した
知識の中からクッションを選んで
表に出す。
感情も同じ。
彼女が残したたくさんの感情の中から
嬉しいを選ぶ。哀しいを選ぶ。
簡単にいうと
中身はキキだけど
外身はアヤノのまま。
ってことだと思うよ」
「……え、あ、ぅ……? うん?」
なるべく分かりやすいようにと説明してくれたのに。
やっぱり私にはむつかしくて。
曖昧に納得しながらも、首を斜めに傾けた。
「まぁ、あくまで仮説だから。理論で説明するならっていう話だよ。実際は、きっともっと不思議なことなんだろう」
不思議という言葉に、私は口を開く。
「ねぇ、私の存在は普通に考えたらおかしなことなの?」