「なぁ、知景。俺のやりたいようにやれって言ってくれたよな」
「あ……あぁ」
「お前は俺を馬鹿だと思うか?」
「急に何だよ……」
「いいから、教えろ」
眉をひそめて、宙を見ながら少し考えた彼。
だけど、答えはすぐに出たようで。
「言っちゃあ悪いが……ときどき馬鹿だと思う」
怒られるの思ったのか、仔犬のような目でそう言った知景に思わず吹き出す。
「……馬鹿上等」
ぽつりとそう呟いて、俺は立ち上がった。
彼女に握られた手は、繋いだまま。
無謀なことだと、自分でも思う。
ハチャメチャでガキくさい考えで。
長く続く幸せじゃあないのかもしれないのだと。
それでも俺は……。
君のそばにいたいんだ。
「知景、協力してほしい」
「……できることなら」
見ず知らずの人に、君を渡してしまうくらいなら……。
「俺はアヤノを誘拐する」
どこにも行かないように
この手に閉じこめてしまおうと。
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お互いに依存し合う
あたしたちは
"恋"を知らない。
貴方だから
知ってほしいと思うの。
誰かを愛して
誰かを守って。
あたしじゃその役目は
できないから。
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長い。
長くて……切ない夢を見ているようだった。
波の音と、鼻をかすめた潮の香りに目を醒ます。
「……起きたかい?」
ふと見上げた視線の先では、柔らかく笑った彼がそう言って。
いつのまにか私は、ベンチの上で彼の膝に頭を預けて寝ていたらしい。
すっかり暗くなった辺り。
青から黒に変わった海。
彼がかけてくれたのであろう上着を波風で飛ばないように押さえながら、その重たい身体を起こした。
「……ごめん、寝ちゃった」
初めてした澪とのおでかけなのに。
シュンとする私に、隣の彼は目の前に広がる海を眺めたまま呟く。
「いいよ。キキが寝ている間、ここから沈む夕日を見ていたから」
「……?」
まだふわふわしている寝ぼけ眼をこすりながら、彼の視線の先を追った。
丸いお月さまと、藍色の夜空。
星はよく見えない。
「立てる? 少し歩こう」
なぜか彼が急にそう言い出すものだから、言われるがまま手を引かれて立ち上がる。
じゃりじゃりという砂浜を越えて、私たち2人は長い防波堤の先へと歩き出す。
「……澪」
「……うん?」
今日1日、どことなく不思議な彼の雰囲気に惑わされて。
私はそれを無かったことにしようとしていた。
だって、恐いから。
……きっと、それは私が知ってはいけないことだと思ったから。
だけど……このまま曖昧にして。
私はそれでいいのだろうか。
聞くなら、今だと思った。
「貴方は……私が嫌いなの?」
ザーッと、防波堤にぶつかる波の音。
ゴーッと、吹きつける潮風の音。
「澪は……私のことが憎いの?」
昨日の夜言われたらあの言葉は。
夢にはならない。
恐い……恐いの。
だけど……聞かなきゃ……。
「……そうだよ」
白いワンピースが風に揺れて、今日切ったばかりの髪が私の視界をゆらゆらと遮る。
いつのまにか離された、繋いでいたはずの手。
心臓の中で針が暴れているような痛み。
嗚呼、そうなのだ。と理解できるほど、私はできた人間じゃない。
「…………み、お」
「名前を……呼ばないでくれ」
そう言った彼の瞳は、冷たく光を失っていた。