「言いたいけど……眠ってる君に言ったって、ただの言い逃げになるから」
だから……まだ言えない。
俺はそれを、まだ抱えていなきゃいけない。
ねぇ、これからどうしようか。
母親に捨てられた君と。
君においてけぼりにされた俺。
こんなに近くにいるのに。
俺らの間にある距離は遠すぎる。
君の母親は逃げたのだと、俺が正直に周り話した日。
きっと君は遠い遠い親戚の元へ廻されるのだろうか。
そうしたら、また俺らは今よりもっともっと遠く離される?
いきなり植物状態の君を預かることになった親戚は、心から君を歓迎してくれる?
もっと離ればなれになった世界で君は……俺は笑えるの?
……そばにいたい。
それだけなのに。
現実という世界は、俺らを引き離す。
子供でごめん。
だけど……もし、もし君が俺と同じようにそばにいたいと想ってくれているのなら。
甘いセリフなんかじゃないけれど。
俺は世界を敵に回すよ。
子供の考えだと馬鹿にされても、僕は君のそばにいるよ。
アヤノ……。
俺と一緒に
2人だけの世界へ逃げようか。
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あたしは知ってほしかったの
貴方に恋してほしかったの
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なんとなく瞳を開けたとき。
俺が立っていたのは、あの日アヤノが事故に遭ったあの場所だった。
ちょうど時間も同じ頃の夕暮れで。
目の前からずっと続く坂道の先に、沈みそうなオレンジの夕日がゆらゆらと揺れている。
「……?」
だけど、その空間は何か不思議だった。
俺以外の人がいないのはもちろん、音もしない。
蝉の声、遠くの車の音、家から聞こえる誰かの話し声。
何も聞こえず……そこにはまるで無音というBGMがかかっているようだった。
俺、さっき目を開くまで何してたんだっけ?
いつ、ここに来たんだっけ?
何も思い出せない。
ただボーッと立っているのに、時間が過ぎていくのが分からなかった。
だけど、その理由はしばらくしてから分かる。
上を見上げた。
ふんわりと浮かんだ、オレンジがかる雲が……動いていない。
視線のずっと先にあるあの大きな夕日は……一向に沈む気配がない。
音もしない。
時間も進まない。
不思議な空間に首を傾げた。
ふと。
「───澪」
聞こえるはずのないその声に、俺は胸を何か鋭いもので貫かれたような感覚に陥る。
いつからだろうか。
さっきまではいなかったはずのそこに。
いつのまにか彼女は立っていた。
「あぁ……アヤノ」
1週間話していないだけなのに……。
酷く懐かしいその姿。
艶のある黒髪を揺らして、俺の元へ駆け寄る。
「驚かないのね。涼しい顔して」
ぷくっと両頬に空気を溜め込んだ彼女。
俺は懐かしいようなその愛しさに笑みを溢す。
「驚かないよ。だって、君がいるってことは夢なんだろう」
「"ロマンチック"って言葉知らない? 涙流しながらあたしの名前を叫んで、抱き締めたままグルグル回るべきだと思うわ」
「してやろうか?」
「い、いらない! 冗談だもん」
相変わらずの会話。
心地のいいテンポ。
表面上冷静にしているつもりでも。
その実は、彼女に言いたいこと。聞きたいこと。
たくさんあった。