そんな彼女を指差し、矢田はこう言った。




「じゃあ、あれと比べたら、どっちがいい?」

「あれって………。」


さすがに温厚な俺でも、矢田のその言葉にはイラついてしまった。


よく知りもしない女の子。

どんな性格であるかも分からないクセに、そんな彼女のことをあれと呼ぶ神経、


無関係な人間なら、まだいい。

指差した彼女は、俺達のクラスメイトだ。



矢田は面白い。

よく笑うし、よくしゃべる。


明るいし、一緒にいると暇をしない。


だけど、こういうところは無神経だと思う。



「あのなー、矢田。あれとか、言うなよ。」

「だってさー。」

「仮にも、クラスメイトだろ?同じクラスの子に、あれとか言うのは失礼だろ。」

「だーかーらー、例えだって!悪気はないんだよ。」



深い意味を持って、矢田が彼女のことをあれと呼んだという訳ではないことは分かる。


それでも、言っていいことと悪いことがある。

同じクラスの子に、あれと言える無神経さは俺にはないものだ。



相変わらず軽く笑いながら、矢田が天宮を見つめている。

比較対象である、彼女のことを。


その視線に、激しい違和感を感じた。



増渕を見つめる目とは、違う目。

明らかにどこかバカにする様な目で、天宮を見ている矢田。


その時だった。





50メートル走を担当している教師が、笛を吹く。

ピピーッと、思ったよりもずっと大きく響いたその音に思わず体が反応する。


3番目だとばかり思っていた天宮は、いつの間にか1番目になっていて。

先頭に立つ彼女が、笛の音とともに走り始める。



目の前にいなくても、すぐ分かる。


動きの遅い足。

頑張っているのは理解出来るが、お世辞にも速いとは言えない。



怠けている訳じゃない。

一生懸命やっているのに、思う様に走れない。


それでも、走る。

諦めずに走り続ける。