『割烹 筧』 の明かりから少し離れた所で珠貴の姿を確認したが、彼女は

一人ではなかった。

そういうことか……

私の迎えを遠慮したわけがわかり、小さく舌打ちした。

珠貴の横には、櫻井祐介が立っていた。



「こんばんは。ご無沙汰しています。以前もここでお会いしましたね」


「……申し訳ない。思い出せなくて」


「そうでしょうね。近衛さんほどになると、

接待の数も相当なものでしょうから。

そうだ、あの時も珠貴さんと一緒だったんですよ。

父と須藤社長とは古い知り合いで」


「プロジェクトに参画だそうですね。業界も注目していると聞いています。

ぜひ成功させてください」


「もちろん、そのつもりです」



互いを煽るような台詞が、次から次に出ていた。

どちらも一歩も引かない勢いに、珠貴は固唾を呑んで成り行きを見守っている。



「近衛さん、今夜もこれから ”筧” ですか? 

接待にしては遅い時刻ですね」


「いえ……」


「口を濁すところを見ると、さては極秘の会合ですか。

有名になるとマスコミの目を欺くのも大変だ」



私が珠貴を迎えに来たのだとわかっていながら、白々しいことを口にする。



「極秘の会合なんてとんでもない。人を迎えにきただけですよ」


「待ち人はどちらに? まだのようですね」
 


どこまでも人を食ったような櫻井の態度に私の我慢も限界だったが、腹に力を

いれ感情を押し殺し、とぼけるのもいい加減にしませんか……と、

抑えに抑えた声をだした。

睨みつけた私の顔に、櫻井祐介はわずかばかり顔色を変えたがすぐに表情を

戻した。



「あなたの言うとおりだ。ここまでにしましょう……

では、今夜はこのまま帰っていただきたい」


「なに?」


「僕と珠貴さんは、これからまだ予定がある。こちらが先約ですから」


「そんなこと聞いていません」


「そうですか? おかしいなぁ。須藤社長にはあらかじめお話したはずですが」


「本人が知らないことでも、約束があったと言えるのか」


「それは……」



言葉に詰まった櫻井の隙をついて、そばに来るようにと珠貴に合図を送る。

私の方へ駆け寄ろうとした珠貴の腕を、櫻井がすかさずつかんだ。



「待って。いま彼のところに行けばどうなるか、よく考えた方がいい。 

須藤社長にはどう言い訳をするつもりですか」


「父に報告なさるならどうぞ……考えても、私の気持ちは変わりません。

手を離してください」



まさか、珠貴からこんな答えが返ってくるとは思わなかったのか、櫻井は

明らかに動揺していた。

それでも彼女の腕をつかんだままの櫻井のそばに行き、手を離してもらおうか

と静かに告げた。 

うなだれ力が抜けたのか、つかんだ腕から手が滑り落ちた。

歩み寄ってきた珠貴の体を抱えると、私は無言のまま歩き出した。