どうする? と目で問いかけると、意外にも縦に頭を振って同意してきた。



「……いいでしょう。交換条件として……

漆原さん、あなたが知っている情報を提供してほしい。駆け引きはなしだ」 


「名前、覚えてくれましたね。わかりました。駆け引きはなしってことで」



まるで文字の存在しない契約書に調印するように、互いの顔をしっかりと

見つめた。



「あの、いいかしら」



男同士の調印の場に踏み込んでいいものかといった顔の珠貴は、黙ったまま

携帯画面を私に見せた。




『お約束のお時間が過ぎていますが、何かありましたか? 

ご連絡お待ちしております 美那子』


沢渡さんたちとの会食のためにここに来たというのに、突然の騒動に気を

奪われそれらを失念していた。

これから人に会う約束があるのでと彼に告げ、あわただしく別れの挨拶を

交わすことになった。

いったん私たちに背を向け歩き出した漆原さんだったが、不意に立ち止まり

振り向いた。



「助けてもらった礼をひとつ……見られたくない相手と会うなら、

ここのレストランはよした方がいい」 


「そういえば、どうして俺たちがここにいるのがわかったのか、

それが不思議だったんだ」


「情報管理が甘いんですよ ”沢渡さんで予約がありますか” と聞いたら、

”はい 4名さまでうかがっております” って、

受付嬢がご丁寧にハウスの場所まで教えてくれた。

それでピンときたってわけで。

それに比べてシャンタンの対応は完璧だったな 

”お答えできません” の一点張りだったからね」



うなずく私と珠貴に満足そうな顔をして、再び背を向け歩き出した。

少しばかり足を引きずっているのが見え、珠貴が 「足をお大事に」 と

立ち去る彼に声をかけると、背中を見せたまま、大丈夫というように大きく

右手を振ってくれた。




「なんだか憎めない人でしたね」


「うん……行こうか」


「美那子さん、きっと心配してるわね」



傍らの珠貴へ聞きたいことがいくつもあったが、切り出せる雰囲気では

なさそうだ。

またしても先送りとなった確かめたい思いを抱えながら大きな木の下を歩き、

目指すハウスへと向かった。

待たせてしまった二人に、今しがた起こったことを話して聞かせたらどんな

顔をするだろう。

美那子さんなら、憎めないカメラマンとのかかわりを面白く聞いてくれるに

違いない。

楽しい時間を想像しながら、目指すハウスへと足を踏みだした。