「須藤社長は健康に不安があるって話じゃないですか。

そこにご令嬢と櫻井氏との話がもちあがっている。

『SUDO』は サクライの傘下に入るのか、持ちこたえるのか……

もっぱらの噂です」


「どうしてそんなことを……父のことは」


「そんなことを知ってるのかって? 

仲間に経済界に詳しいヤツがいて、情報として合併だの吸収だのって話を

よく聞かせてもらうんです。 

須藤社長のことを聞いたのは、本当に偶然で」


「知られていないと思っているのは、私たちだけなのかもしれませんね」



珠貴の眉が辛そうな曲線を描き、口元は歪み悔しさを滲ませている。

言い過ぎたと思ったのか、漆原カメラマンが慌てて否定してきた。
 


「いやいや、ほとんど知られていませんよ。

話してくれた仲間も極秘情報だって言ってましたから」


「そうですか……」


「ただ、社長が健康を理由にその地位を譲るとなれば、

お家騒動が起こるだろうってのは容易に想像がつくことですから。

なにしろ 『SUDO』 は同族会社だ。

常務だの専務だのって身内が跡を狙う中、

サクライがどこまで健闘するか見ものだったが、

そこに近衛さんが絡んでくるとなると…… うーん、ゾクゾクするな」


「ゾクゾクするのはかまわないが、さっき俺が頼んだこと、

守ってもらえるんでしょうね」


「俺にだってプライドがある。見込んだ相手との約束ですからね」


「ふっ、俺は見込まれたのか」


「えぇ、それにゾクゾクするってのは、オタクら二人のことじゃなくて、

サクライの思惑がはずれて、そこに参入してくるのが、近衛さんアンタだ。

経済界の地図が変わってくるんですよ。

それを知っているのは、いまはまだ俺だけだって思うとね、

武者震いがするね」


「そうなるかどうか……珠貴と俺のことだって、須藤社長はご存じない。

これから準備を整えて、少しずつ地盤を固めていくつもりです。

だから漆原さんには、くれぐれも」


「わかってますって。

近衛さん、いつか全部の準備が整ったら俺に取材させてください。 

単独で、どうです」



いつか……それがいつになるかわからないが、秘密裏に進めてきたことを

明らかにして、正しい情報を周囲に知らしめる。

沢渡さんと美那子さんは、二人の関係を自らマスコミに明らかにしたが、

それと同じことを漆原カメラマンに託そうと言うのだ。

それもいいのではないかと思った。

こう思った時点で、私は漆原さんを信用していた。

だが、私の一存では決められない。

珠貴の意思も尊重しなければならない。

会ったばかりの人物に、自分の未来を預けようと言う無謀な話なのだから、

彼女が承知しない可能性は大きい。