道端に投げ出されたカメラを拾い彼に渡すと、どうも……と礼を告げられたが、

手に取ったカメラを見た顔は大きく落胆し、礼を告げたばかりの口から

あきらめのため息が漏れてきた。

見る限りでも破損具合はひどく、彼のため息に同情した。



「大事なカメラが台無しですね。車の前に回り込むなんて無茶する人だ」


「あの場にいたら、誰だってそうするんじゃないかな。

現に近衛さん、アンタだって飛び出してきた」


「前から走ってきたのが、あなただったとは」


「意外だったと言いたいんだろう。時には思うより体が動く事だってある…… 

でもね、驚いてるんですよ。俺にもこんな正義感が残ってたんだってね。

接触事故を起こしかけて謝りもせず立ち去るような連中と、

自分のおかれた立場も忘れて駆けつけたアンタと、

どっちが上等の人間かわからないほど落ちぶれちゃいない」


「失礼なことを言いました」


「いや、自分の行動に驚いているだけだから。

まいったな、頭を上げてくださいよ」



とっさの行動が彼も意外だったらしく、照れ隠しなのか首元をしきりに掻いて

いる。

怪我はありませんかと聞くと、足を捻ったがたいしたことはありませんと

神妙な返事があり、そっちは大丈夫ですかと彼からも問いかけがあり、

なんともありませんよと答えた。

私とカメラマンの間に、奇妙な空気が生まれていた。

追いかける側と追いかけられる側だった私たちが、こうして話をしていること

自体が不自然だった。

けれど、彼に対して警戒心がなくなっているのも確かで、確信のない信頼と

でも言うのか、そんなものが芽生えていた。



「私のことを記事にするのはかまわないが、

彼女のことは伏せてもらえませんか」


「そんなこと……しませんよ……」


「本当に?」


「助けてもらった恩のある人の頼みだからね」


「助かります」



礼を言われると俺の立場がないじゃないですかと困った顔をみせながら、

こんなことを言い出した。



「近衛さんも、あっちの沢渡先生みたいに、

おおっぴらにしてしまうってものありじゃないですか。

隠してしまうから、余計に詮索されるってこともあるんじゃないかな」
 

「いまはまだ、彼女のことを知られるわけにはいかない。

ひとつずつ解決して周りを納得させていきたい。

なし崩しに事を進めたくないんです。頼みます」



浜尾君にも同じようなことを言われ、わかったような口ぶりに無性に腹が

立ったのに、彼の言葉には揶揄するものがないせいか不快感はなかった。



「近衛さん、頭を上げてくださいよ。

今までアンタにやってきたことを考えれば、

俺の言うことが信用できないってのはわかりますけど。

あぁ、どういったらいいのかな」



つくろうことなく、私へわかってもらおうと真剣に言葉をさがす姿は、

彼への不信感を取り除いていった。



「アンタを追いかけてカメラを向けていたのに、加勢をして助けてくれた。

倒れた俺に手を差し出してくれた。

あのまま頭を打ってたらと思うとゾッとするね。

助けてくれた人を裏切るようなことはしませんよ。 

それくらいの常識はあるつもりだから」


「ありがとう……」



案外人懐っこい顔をする人は、だから俺に礼を言うのは変ですよと照れくさ

そうに同じせりふをまた口元がつぶやいた。