「その方のお役目は、ご家族のみなさまの身の回りのお世話をする方であり、 

教育係でもあり、お家のことを取り仕切っていらっしゃる執事でもあるのね。

ハウスメイド兼、ガバネス兼、バトラーかしら」


「詳しいじゃないか。まさにそうだよ。去年から息子も勤め始めてね、 

彼はイギリスのバトラー養成スクールを卒業している」


「わぁ、すごい! 本格的に勉強された方なのね」



サンドイッチを口に運びながら、珠貴の目が驚きで大きく見開かれている。  



「息子さんがいらっしゃるということは、出産後また復帰なさったのね。 

お子さんはお一人なの?」


「娘もいるよ。彼女はウチの会社の秘書課にいる。

浜尾さんの家族は、みな近衛の家に勤めている」

 

近衛家はますます安泰ね、などと、年かさの女性が口にするような言葉を

もらしたあと、口元が悪戯っぽい笑みを浮かべた。



「長いあいだには、いろんなことがあったでしょうね……」


「いろんなこと?」


「たとえば……主従関係で恋愛とか、

代々の近衛家のお嬢さまとの許されぬ恋とか」


「さぁ、俺の知る限りではないよ。他の家では聞いたことがあるが……」



彼女がそうだったと声にでかかって、慌てて言葉を飲み込んだ。

理美と彼の関係はすでに決着が出ているのに、苦い想い出が腹の中でうごめき

胃が瞬時に痛んだ。

顔を歪ませた私を心配そうな目が覗き込んだため、マスタードが利きすぎて

いると料理のせいにすることでその場を取り繕った。



「こんなのはどうかしら。恋愛に苦しむ主人の手助けをするの。 

主人が会いたくても会えない恋焦がれる相手に会えるように、

彼らが手引きするの」


「いつの時代の話をしてるんだよ。今どきそれはないだろう。

だけど、そうだな、昔なら考えられなくもないか」


「そうでしょう? きっと浜尾さんのご先祖は、

近衛家のみなさまの恋の手引きをされたはずよ」



物事を現実的にとらえる彼女には珍しく、いにしえの話の中の出来事を

語るように、珠貴の頭の中では楽しい空想が広がっているようだ。



「手引きをしたって話は聞いたことはないが、浜尾さんの勘の鋭さは確かだよ。 
こっちが黙っていても、何かございましたか? 

と聞かれたことが何度もあった。 この前も」


「この前も? なぁに?」


「直接的な言い方じゃなかったが、浜尾さんに言われたよ」


「どんなことをおっしゃったの? ねぇ、じらさないで教えて」



珠貴の興味を引くようにわざと遠まわしに言うと、思ったとおりの苛立ちを

みせ 「早く教えてよ」 と詰め寄ってきた。



「素敵な方が、そばにおいでになられるようですね。ってさ」


「あの……」


「続けてこう言われたよ 

”新年のお席が増える日を楽しみにしております” って。

あの人にはかなわないな」


「私の存在をご存知だということ……」


「だろうね。いつか紹介してくださいませって、にこやかに言われて」


「それで、宗の返事は?」


「そうだね。いつか紹介するよと答えた」



私の返事を聞くと珠貴は不自然に顔を背けたが、その目が潤んできたのを

見逃さなかった。

横を向いてしまった顔に手を添えるとなおも顔を背け、潤んだ瞳を隠そうと

する素振りを見せた。

家の者に紹介したいという言葉は、私が思った以上に珠貴の胸に響いたようだ。