助手席の珠貴を時々盗み見る。

耳元から覗くイヤリングは、彼女の誕生日に贈ったものだ。

私と一緒に出かけるため意識して身につけてくれたのかと思うと、それだけで

胸の奥が満たされていく。

いつもならたいして気にならないことが、自信のなさからか些細なことでも

目に留まるようだ。


珠貴と会う機会は、意外なところからやってきた。

沢渡さんと美那子さんから、一連の騒動のいきさつを報告をしたいから会え

ないかと私と珠貴の双方に打診があったのだ。


これ幸いと、さも急ぐ用件があるように 『電話がほしい』 と短いメールを

珠貴に送った。

ほどなく着信があり、電話の向こうの珠貴の声は予想通り不安を含んでいた。 

美那子さんへの返事は早い方がいいと思ってね、と仕事中の昼間の電話の

口実をつげながら、行けそう? と聞くと、もちろん! と明快な返事が

返ってきた。

久しぶりに聞いた珠貴らしい声にホッとしながら数日を過ごし、こうして

今日は一緒に目的地に向かっている。



「シーフードだって聞いたけど、食べられそう?」


「えぇ、大好きよ。どうして?」


「このまえ体調が悪そうだったから、どうかと思って……」


「あぁ、だからね」


「何が」


「美那子さんにも聞かれたのよ。シーフードだけど大丈夫かしらって。 

刺激の強い香辛料は使わないようにお願いしてありますからとおっしゃって、

この前の私、よっぽど顔色が悪かったみたい。

正直なところ体が辛かったのは本当なんだけど、

美那子さんにも沢渡さんにもご心配をかけたみたい。宗にもね」


「なんともなければ、それでいいんだ……」



明るい声にほっとしつつも、本当は無理をしているのではないかと気を回したり、

珠貴の何もかもが気になって仕方がない。

私の問いかけに、どうしてそんなことを聞くのかと覗き込むように運転席を

見られたときは、平常心を保つのに苦労した。

君の体が心配だから……と言えたらどれほど楽だろう。


先日の会合の折も、私としては精一杯の虚勢を張り須藤社長の前に歩み出た。

ともすれば、揺れ動く心が対峙する相手に見えてしまうのではないかとの

脅迫観念に何度も襲われ、錯乱しかける胸中を押しとどめ、無理な平静を装う

顔は難しい表情をしていたのだろう。

「近衛君、何か気になることがありますか」 と須藤社長が問いかけた目は、

いまの珠貴と同じものだった。

心配そうに覗き込まれ 「いえ、なんでもありません」 と返事をするだけで、

背中に冷たい汗をかいていた。


珠貴の父親である須藤社長に、いつかは正面から向かい合わなくてはならない

のだ。

それはもっと先なのか、それとも急がねばならないのか……

本当になんともないのか、体に変化はないのかと、どれほど聞き返そうかと

思ったか。

もし、そうなら珠貴から話してくれるだろうと思ってはいたが、待ちきれない

思いが先行して、彼女の言葉のひとつひとつから見えない答えを探り出そうと

必死になっていた。