不安にさせてしまった彼女に、何をしたらいいのか、どんな言葉をかけるべき

なのかなす術がみつからず、うろたえた心を隠すように冗談めかしたことを

言い、こぼれ出た不安を口にする珠貴の唇をふさいだ。

あのときの気持ちをはぐらかした後ろめたさから、いまさら会って話し合い

たいとも言い出せずにいる。

声だけは毎日聞いているが弾んだ会話には程遠く、事件前まで見せていた

はつらつとした珠貴の姿はいまだ影を潜めたままだ。



「彼女も疲れたんだろう。体調も良くないそうだ」



沢渡さんとの食事の場でも、刺激の強い料理に辛そうな顔をして口をふさいで

いたと伝えると、えっ、それって……と平岡の視線がルームミラー越しに

飛んできた。



「まさか……じゃないですか、それって」


「まさかって、なにが」


「だから、ドラマであるじゃないですか。

気持ち悪そうに口を抑えて洗面所に行くってのが」


「はぁ? あれは、えっ……」



互いの頭に同じ言葉が浮かんでいたはずだが、平岡も私も言葉にするのを

控えた。

軽はずみに言うことではない。

もしや……の思いと、まさか……の思いが交差する。



「いえ……まだ、そうときまったわけじゃありませんね。

すみません、余計なことを言いました」


「まったくだ。こんなときに……どんな顔をして会えばいいんだよ」


「あの……余計なことついでにもうひとつ。

会合の席で、須藤社長に直談判なんてことにならないですよね」


「バカ、なるわけないだろう!」



私がこれから会う相手は、珠貴の父親である須藤孝一郎氏だった。

先の須藤家のガーデンパーティーへ友人の代理として出かけ、ようやく顔を

つなぐことができたばかりだった。

霧島君から託された懸案だったが、社長と直に会ったことで確かな手ごたえが

得られたと思っている。

これを足がかりに、珠貴との交際についても徐々に話を進め、外堀を埋めて

じわりと攻め込むつもりでいたのに、なんということか。

もしも平岡の言うことが本当なら、じわりと責めるなど悠長なことは言って

いられない。 

直談判もいとわないつもりだ。

ただ、白黒ハッキリしていない今、どう振舞えばいいのか、まったくもって

見当もつかないといったところだった。

思えば思うほど、それまでの自信が削げ落ちていく。

須藤社長を前にして、平静でいられるだろうか。

霧島君に須藤社長との橋渡し役として同席してほしいと頼まれ、二つ返事で

了解したことを悔いた。


渋滞がひどくなりましたね、少し急ぎます、と話題の矛先を変えながら、 

平岡は脇道へと大きくハンドルを切った。