「お食事には早いわね。アフタヌーンティーなんて、どうかしら」


「いいね。動いたら腹が減ってるのを思い出した。ランチは珠貴だったからね」


「やぁね、宗ったら、どうしてそんな言い方をするの? 

お顔に似合わないわよ」


「顔がどうだっていうんだ。俺は俺だよ」 



彼女の前だからこそ、気を張ることなく言葉を繋げることができるのだが、

ぞんざいな言い方をすると、時々こうやってたしなめてくれる。



「はいはい、わかったわ。お呼ばれのお席までのおしのぎにと、

そう思ったんです」


「そうだな。永瀬さんのところに行ってもグラスを持たされるだけで、 

食い物にありつけるまで時間がかかりそうだ」


「ほらまた、食い物だなんて」



睨みつけた顔にはシャワーのあとの火照りが残り、また抱き寄せたい誘惑が

頭をもたげた。

だが、時計の針は容赦なく進み、私たちに残された時間はそう多くはないと

示している。

私に話しかけながら珠貴は部屋の一角へと進み、すぐに身支度をはじめたのか

パーテーション奥で衣擦れの音が聞こえてきた。

帯をとく仕草も艶かしいと思ったが、着付けをしていく様も眺めてみたいと

思いながら、さすがに見てみたいとは言い出しにくく、理性の瀬戸際で平静を

取り繕っていた。

ルームサービスにはないわね、ラウンジに行きましょうか、との声に、 

狩野に頼めば部屋に運んでくれるよと言い残して、私は誘惑を振り切るように

シャワールームの扉を閉じた。





副支配人自らルームサービスのワゴンを押して現れ、狩野は珠貴の着物姿に

一瞬眩しい目をしたが、そこはプロらしくホテルマンの顔に戻り、恭しく

新年の挨拶をはじめた。 



「今年もご贔屓に。この部屋は法人契約だから遠慮なくどんどん使ってくれ。 

これは、上得意様へのお年賀ってところだ」



などとくだけた顔も見せながら、頼んだ以上のメニューをテーブルに

並べていく。

結婚式を来月に控えて何かとお忙しいでしょうね、と珠貴が声をかけると、 

式自体は仕事の延長みたいなもんですから、たいしたことはないんですと手を

振っていたが、佐保さんとの暮らしに向けた準備は思った以上に手間取って

いるようで、狩野らしくない愚痴も聞かれた。



「新生活をはじめるってことが、こんなに大変だとは思いませんでした。 

今まで何もかも人の手に頼っていたんだと、あらためて思いましたね。

その点、佐保は一人で何もかもやってきただけあって手際が良くて、 

これからは彼女に頼ることになりそうです。 

珠貴さんから頂いたお祝い、一生物の道具だってすごく喜んでました」


「佐保さん、お料理がお得意だとお聞きしていたので、

私がお世話になったお料理の先生が使っていらっしゃるお道具をと思って

選んだのですけれど、喜んでいただけて良かった」


「佐保から聞いているでしょうが、今度の仲間内の会、

珠貴さんもぜひ出席してください。 

では、私はこれで失礼します。近衛、またな」



狩野の背中を見送ったあと、振り向いた珠貴の顔は思案気だった。