漏れ聞こえるシャワーの音に、珠貴ののびやかな肢体が水滴を弾くさまが

掠めた頭の片隅で、遠い昔の記憶を引き出していた。


『宗さんが残ると困る方がいるのよ。

それとも、あなたが自分のことは全部なさるおつもり? 

それなら反対しませんよ』


大学生の息子が、正月は家族と一緒にホテルへは行きたくないと言った折、

母親が言い聞かせるように告げた言葉だった。

なぜ家ではないところで新年を迎えるのか、まだわかっていなかったのねと

呆れながら、家に残るのなら身の回りのことはすべて自分でするのよ。

わかってるでしょうね、と回りくどい言い方をしたのだった。

それは、常に母のそばに仕える人が休暇をとることに遠慮のないように、

私に向けられた言葉だった。

そこまで言われてようやく気がついたのだが、私のいたたまれない顔に気が

ついた人は、優しい言葉をかけてくれた。



「宗一郎さま、私でよろしければご一緒させていただきます。

大学のお勉強もございましょう。 

おひとりの方が静かに……」


「それはだめですよ。浜尾さん、あなたもご家族とお過ごしにならなければ。 

お仕事のためとはいえ、お子さん方に寂しい思いをさせて

いらっしゃるでしょう」


「いえ、ご心配にはおよびません。私の住まいはすぐ近くですし、

宗一郎さまおひとりのお世話でしたら、そうお時間もかかりませんので」


「すみません。僕の勝手でした。

浜尾さん……大事な時間を、あの……本当にすみません」



この人にも家族があり、そのための休暇も必要なのだと、そのとき初めて身を

持って感じた出来事だった。

そして、その年から家族と過ごす年末年始を享受している。

潤一郎が結婚して紫子が加わったように、私にも家族ができれば、

いつの日か……

正月の華やかな席に加わって欲しい人の姿を思い浮かべ、ひとときの空想に

浸っていたが、珠貴が近づく足音が聞こえてきて、頭の中に広げた

将来図をたたんだ。