面倒な仕事を片付け急ぎ帰宅したが、珠貴との約束の時間はとうにすぎ、時計

の針は21時をさしていた。

あわてて部屋に飛び込むと 「おかえりなさい。遅くまで大変だったわね」 

と、先に待っていた珠貴に迎えられ、ごめん遅くなったと謝るより先に 

「お食事は?」 と聞かれ、「まだだ……」 と素直に返事をした。



「そうじゃないかと思って、軽食を用意したの。少し待ってね」 



多少の甘い再会の場面を期待していた私を残し、珠貴はいつもと変わらぬ顔で

キッチンへと入っていった。

肩透かしにあい、しぶしぶ着替えをすませテーブルで待っていると、ほどなく

出された食事は軽食と言うには手の込んだ一品で、夕食を食べ損ねた身にはあ

りがたいものだった。


珠貴も一緒にテーブルにつくと 「お話ってなあに?」 と待ちかねたように

切り出された。

食べるのをやめ箸をおき 「すまない」 といきなり頭を下げた私に、彼女は

かなり驚いた様子だった。 



「本来なら珠貴に頼めることじゃないんだが、君しか思いつかなくて……」


「思い出してもらえて嬉しいわ。それで、頼みたいことってなぁに? 

お腹がすいたでしょう。お食事をしながらどうぞ」



穏やかな顔に促され、ふたたび箸を持ち、忙しさに紛れて忘れていたと正直に

告げることからはじめた。

今は時間がとれない、珠貴とのホワイトデーのディナーは、少し待ってもらえ

ないかということと、

会社関係やそのほかの女性からもらったチョコレートのお返しを、君に用意し

てもらいたいと伝えた。



「私はいいのよ、宗が落ち着いてからゆっくりお食事をしましょう。

楽しみに待ってるわ。

それより、会社の方へのお返しは、急いだ方がいいわね」


「いつも浜尾君に任せてたから、確かな数も把握していない。

多めに用意してもらえると助かるんだが」


「私が準備してもいいけど、それでは浜尾さんの立場がないでしょう? 

わかったわ、彼女に連絡してみるわね」



今にも浜尾君に電話をしそうな彼女をとめた。



「待ってくれ、彼女は研修で箱根にいるんだ。連絡しても無駄だよ」


「どうして」


「屋内で研修の間は、研修生も講師も携帯を持たない規則なんだ。 

時間的な自由もきかない、品物の手配など無理だ。

それに彼女も、研修のことで頭の中はいっぱいのはずだ」


「できないと決めつけないで」


「決めつけてるんじゃない、無理だと言ってるんだ」


「女性は一度にいろんなことができるの。

浜尾さんは時間のやりくりがお得意なはずよ。彼女なら大丈夫」



顔をしかめる私へ、珠貴は言い聞かせるように言葉を重ねた。

 

「私に任せて。ねっ」



あわてる私を横目に、珠貴はメールを打ち始めた。

相手は浜尾君だと思うが、珠貴が何をしようとしているのか、なぜ大丈夫と言

いきれるのかわからず、もどかしい思いがしたが、それでも珠貴に頼るほかは

なかった。