「もしかして、先輩忘れてませんか」


「なにを」


「あぁ、やっぱり……先月、チョコレートもらいましたよね」


「チョコレート? あぁ、バレンタインの」


「そうですよ。だから3月14日は……まだ、思い出しませんか」



まだ首をかしげる私に、平岡はじれったそうに、チョコレートのお礼とかお返

しとかですよと、具体的な言葉を持ち出し、そこまで説明されてようやく思い

至ったのだった。



「あっ!」


「ホワイトデーって日は、先輩の頭の中にはなかったみたいですね」



珠貴さんの機嫌を損ねても知りませんよと、余計なことを付け加えた平岡の顔

を睨み返したものの、忘れていたのは事実だった。 

これまでのホワイトデーは、珠貴とシャンタンで食事をしてきた。

14日に都合がつかないときはその前後を予約して、この3年はディナーを欠

かしたことはなかったのに、今年は仕事に振り回され、ホワイトデーなどとい

う甘い行事を失念しており、14日もその前後も接待や夜の会合が詰まって

いた。


毎晩の電話で珠貴も気にしていただろうに、彼女は何も言わない。

むろん彼女の性格なら ”お返しは?” などと自分から言いだしはせず、私

に謎をかけたりもしない。

ホワイトデーまであと5日、この時期にシャンタンの予約など取れるはずも

なく、素直に 「忘れていた。すまない」 と珠貴に謝るしかないようだ。



「話は戻りますが、浜尾さん、誰かと約束があるんでしょうね」


「いいんじゃないのか? 浜尾君にだって、交際相手くらいいるだろう」


「やっぱりそうですよね。なんでもない顔をしてるけど、浮かれてるのかなぁ。

彼女も忘れてますからね」


「忘れてる?」


「副社長が秘書課の女の子たちからもらったチョコレートのお返しの品、

いつもなら、浜尾さんが用意してくれるじゃないですか」


「あっ、そうだよ! 忘れられたら困る。すぐ浜尾君を呼んでくれ」


「いませんよ。今週は、社内研修の講師にかりだされてます。 

明後日まで、新人相手に箱根のセミナーハウスに缶詰です」


「そうだ、新人研修だったな。泊り込みか、頼んでも難しそうだな」



珠貴には、後日うめあわせをするからと言い訳ができるが、身近で仕事をして

いる彼女たちへの礼が遅れるのはまずい。

だが、頼みの浜尾君がいないとなると、誰に相談したらいいのか……