大沢くんは何も訊かなかった。パネルをどこで使うのかも、いつ使うのかも。ただ時折冗談をいいながら、いつも湖山の撮影をサポートする時と同じ表情で、何をどうすれば良いのか指示を仰ぎ、時折湖山が何か訊ねればそれに受け答えて意見を言ったりしながら、次々とパネルを完成させていった。こうやって作業をしていると、良いものを作り上げるために必要な事が何なのか改めて考えさせられるような気がした。ラブレターのようなものだと思うこの初めての試みが誰かの手を借りて完成していくように、自分の恋心というものすら本当はどこかで誰かの手を借りて、心を借りて成り立っているのかもしれない、と思う。
「明日また来ますね。これ、鍵」
「明日?休みだろ?」
「パネル、片付けましょ?手伝いますから。」
昨晩、店屋物のうどんを食べた後少しゆっくりニュースなどを見て、帰り際に大沢くんがそう言い出したとき、湖山はやはり「誰かと作り上げる」事に抵抗があった。なんて説明したらいいんだろう、と思っていると、大沢くんが何かを察したように続けた。
「・・・そうか、じゃ、こういうの、どうです?今回俺、すごい役に立ったと思うんですよ。スタジオでふらふらになった湖山さんを車でココまで運んで、甲斐甲斐しくも、まめまめしくですねぇ・・・?」
と半ば強引に脅迫めいて切り出したのを湖山はもう何もかもこうなる事になっていたような気がして「頼むよ」と答えたのだった。それで、良かったと今は思う。
土曜日、パネルは残すところ三分の一まで完了して、大沢くんが作業をしてくれている間ポジの山と格闘した湖山も殆ど納得の行く仕分けを終わった。後は一人でできそうだけれど、大沢は明日も来る、と言い張る。
「とにかくさ、飯、食いに行こ?うまいもん食って、パワーつけようぜ」と笑った湖山はすっかりいつもの湖山だった。良いものを作っている、自分のやるべきことを精一杯やっている、という満足感で一杯だった。
「彼女と結婚しないの?」
いつもならそんなことまで口を出したりするような湖山ではないけれど、何故なのか自然とそんな疑問が口をついて出た。
「・・・けっこん・・・?・・・・うううん」
「あ、ごめん、ごめん、深い意味はない。なんとなく不思議に思って訊いただけなんだけど、彼女と結構長いでしょ?今回思ったけど、お前、いい旦那になれそうなのになって思ってさ」
「いい旦那、ですか?」
「うん。ほら、マメだし、甲斐甲斐しいし」
「うーん・・・なんつーか、それは・・・。」
「んん?」
「なんでしょうね、湖山さんだったからみたいな気がするんです。彼女だったら、どうなんだろ?こんなふうに出来たかなあ?」
「なんでだよ。同じだろ?」
「同じじゃないですよ。湖山さんと彼女は同じじゃないでしょ?」
「や、違うけどさ、そうじゃなくて。なんかこんな事自分で言うの恥ずかしいけど、大沢くんにとって大事な存在っつぅか、そういうことでしょ?そういう人が具合悪くなったり、しんどい時っていうか、そういうときにああやって面倒見てもらえると、なんかほんとありがたいし、・・・大事にしてもらってんなぁって思う。彼女だってきっと同じだろ?彼女のほうは、大沢くんと結婚したいんじゃないの?」
「どうなんでしょうね。こんな事になったことないし、分からないです。でも・・・。」
「うん、でも?」
「うん、やっぱ、分かんない、分かんないな。」
大沢くんが白いご飯を頬張る。店員さんに手を挙げて大きな声で「みそしるー、おかわりくださーい!」と叫んでいる彼は、面倒くさい事は考えない主義、という顔をしていた。
「明日また来ますね。これ、鍵」
「明日?休みだろ?」
「パネル、片付けましょ?手伝いますから。」
昨晩、店屋物のうどんを食べた後少しゆっくりニュースなどを見て、帰り際に大沢くんがそう言い出したとき、湖山はやはり「誰かと作り上げる」事に抵抗があった。なんて説明したらいいんだろう、と思っていると、大沢くんが何かを察したように続けた。
「・・・そうか、じゃ、こういうの、どうです?今回俺、すごい役に立ったと思うんですよ。スタジオでふらふらになった湖山さんを車でココまで運んで、甲斐甲斐しくも、まめまめしくですねぇ・・・?」
と半ば強引に脅迫めいて切り出したのを湖山はもう何もかもこうなる事になっていたような気がして「頼むよ」と答えたのだった。それで、良かったと今は思う。
土曜日、パネルは残すところ三分の一まで完了して、大沢くんが作業をしてくれている間ポジの山と格闘した湖山も殆ど納得の行く仕分けを終わった。後は一人でできそうだけれど、大沢は明日も来る、と言い張る。
「とにかくさ、飯、食いに行こ?うまいもん食って、パワーつけようぜ」と笑った湖山はすっかりいつもの湖山だった。良いものを作っている、自分のやるべきことを精一杯やっている、という満足感で一杯だった。
「彼女と結婚しないの?」
いつもならそんなことまで口を出したりするような湖山ではないけれど、何故なのか自然とそんな疑問が口をついて出た。
「・・・けっこん・・・?・・・・うううん」
「あ、ごめん、ごめん、深い意味はない。なんとなく不思議に思って訊いただけなんだけど、彼女と結構長いでしょ?今回思ったけど、お前、いい旦那になれそうなのになって思ってさ」
「いい旦那、ですか?」
「うん。ほら、マメだし、甲斐甲斐しいし」
「うーん・・・なんつーか、それは・・・。」
「んん?」
「なんでしょうね、湖山さんだったからみたいな気がするんです。彼女だったら、どうなんだろ?こんなふうに出来たかなあ?」
「なんでだよ。同じだろ?」
「同じじゃないですよ。湖山さんと彼女は同じじゃないでしょ?」
「や、違うけどさ、そうじゃなくて。なんかこんな事自分で言うの恥ずかしいけど、大沢くんにとって大事な存在っつぅか、そういうことでしょ?そういう人が具合悪くなったり、しんどい時っていうか、そういうときにああやって面倒見てもらえると、なんかほんとありがたいし、・・・大事にしてもらってんなぁって思う。彼女だってきっと同じだろ?彼女のほうは、大沢くんと結婚したいんじゃないの?」
「どうなんでしょうね。こんな事になったことないし、分からないです。でも・・・。」
「うん、でも?」
「うん、やっぱ、分かんない、分かんないな。」
大沢くんが白いご飯を頬張る。店員さんに手を挙げて大きな声で「みそしるー、おかわりくださーい!」と叫んでいる彼は、面倒くさい事は考えない主義、という顔をしていた。