「自由恋愛かあ」

 今日は深夜の閉店まで幸祐のバイトがあるから、幸祐のマンションではなく自分のアパートに向かって歩きながら、ふと店内で幸祐が口にしていた言葉を思い出していた。その単語は、ひかりにも幸祐にもあまりにも似つかわしくなくて浮いていて、なんだかむず痒く持て余したから、消化する為にわざわざ口にして声に出していた。
 だけど結局、あまりにも浮いていると自分でも思っているからなのだろう。ひかりの声からもその言葉はふわふわと浮いていた。

 自由恋愛。

 確かに、ひかりは幸祐の他に好きな人を作って恋愛をしたって責められる立場ではないのだろう。

 ひかりは幸祐の行動を窘める立場に無いが、幸祐にだって、ひかりの行動で不可侵な所はある。
 男女で「友達ではないけれど付き合ってない」という状態なのは、きっとこんな風にお互いに責任の無い状態の事だ、

 そんな話聞いた事は無かったけれど、幸祐だってペットの他に普通の恋人を作る事だって可能だ。ひかりとの関係が大学内で有名になりすぎてしまったから、幸祐に恋愛的な好意を持って近づく女性が居なくて、バイト先には男性しかいないからそういうきっかけが無いだけで、作ろうと思えばいくらでも作る事はできるのかもしれない。

 或るいはもう、『自由恋愛』しているのかもしれない。
 ひかりに悟られない様、こっそりと。

(そうだったら、寂しい)

 人気の無い住宅街の歩道を歩きながら、ぽつりと思ったが、それは、幸祐が恋愛をしていることが寂しいのか、それともそれをひかりに隠している事を寂しく思ったのか、ひかり自身にもわからなかった。

 訊いてみる勇気もないけれど。


 幸祐は、彼氏が出来たら紹介してくれと言っていたけれど、ひかりはそんなの嫌だと思った。

 もしも幸祐に彼女が出来たとしても、それをひかりに教えないでほしい。勘ぐらせないでほしい。彼女が居る事が寂しいのだとしても、隠されていることが寂しいのだとしても、その事実を知らなければどちらにせよひかりは寂しい思い等しないのだから。

 知りさえしなければ、ひかりはただただ、幸せな猫のままでいられるのだ。

(ああでも、彼女さんはわたしの存在を嫌がるのかもしれないし)

 当たり前に疎まれるのであろう自分の立場すら考えて、暗澹とした気分になる。アスファルトを踏みしめるオペラパンプスの底が奏でるリズムが、のろりと少しだけ、重たくなった。