「誰と飲んできたの?」
「…ミキ」
 幸祐の鼻先が、ゆっくりと頭蓋から項へと降ろされてゆく。
「佐伯かあ」
 幸祐の声は何処か楽しそうで可笑しそうだった。

「どうせまた、俺の悪口でも言ってたんだろ」
 自分が美希に嫌われているのを知っていながら、幸祐は美希の事が嫌いでは無いらしい。
「サバサバしてるし、それに良い子じゃん。凄いひかりの事大事にしてくれててさ」
 美希が自分の事を悪く言うのも当たり前の様に受け入れている。「友達をペット扱いされてたら、そこで怒るのは友達として正しいよ」と当たり前の様に言って。それでも自分の行動を改めもせず、美希に言わせたいだけ自分の事を悪くひかりに吹聴することを嫌がりもしないのはどういう心境なのか、ひかりには想像もつかなかった。

「まあ佐伯なら安心かな」
「逆に安心じゃない相手がいるの?」

 髪に顔を埋めたまま穏やかに囁く幸祐に少し意地悪な気持ちがこみ上げた。幸祐がするのは、やっぱり『保護者で飼い主』の顔で、『彼氏の顔』では無いのだ。二人の間で、それはもうとっくに当たり前の事になっていたのに、ふとした一瞬でひかりの心をささくれ立たせる。
 それを幸祐自身は解っているのか、それとも意にも介していないのか、緩慢とした仕草と間延びした声で何時もはぐらかす。
 今だって。

「そうだなあ…」
 幸祐はバリトンボイスと視線を、八畳のワンルームの室内にゆっくりと巡らせた。そこに思考なんて存在しないみたいに。

「安心じゃないっていうか、ひかりが俺意外の男と酒飲みにいってたら、さすがにちょっとびっくりはするかな」
「お?」
「ひかりは俺しか知らない訳だから、男は」
「…うん」

 優しい声がひかりの首筋と髪を撫で這う。
 そんな事を幸祐が言うなんて、意外だった。同時に恥ずかしくなって、ひかりは小さく口ごもった。

「そんなウブな飼い猫が急につがいを作ったとなるとねえ。飼い主としてはやっぱり心配なんだよね」

 前言撤回。
 やっぱり、幸祐の言い方は意地悪だ。自分の頬がむっつりとむくれるのがわかる。
 ふくれっ面をしてそっぽを向いた光の姿を見て、幸祐は再度吹き出しながらひかりの小柄な身体を抱き込む様にベッドに押し倒した。

「ごめんって。怒らせたかった訳じゃないよ」
「それは流石に嘘」


 幸祐のねつい吐息が首筋を擽る。ふるりと身体に走る欲望の断片に、ひかりは身体を震わせた。
 そのまま言葉なんてなくして獣みたいに。
 二人はベッドに沈んでいった。