神と云われる男が言った
『この林檎を食べるな』と

魔女と云われる女が言った
『この林檎をお食べよ』と

人と云われる男女は互いに
美味しそうに其れを頬張った

食うなと言われようが……
食えと言われようが……

目の前の林檎に手を伸ばす
其れこそが人間の性なのだ

食った男が欲望の世に堕ち
食った女が眠りの闇に堕ちた

違う、違う、何を馬鹿な

男は永遠の知性を授かり
女は永遠に眠りはしなかった

男も女も欲を持ち合わせ
欲に任せて幸運を手にした


俺のテーブルに一つの林檎
神は食えと、魔は食うなと言う

知恵を絞って考える俺は
今は林檎等、食べたくない……

どうしたらいい?
どうしたら正しいのだろう

この迷いこそが欲の産物
欲あらばこそ手にした知恵

この林檎を手に俺は訪ねる
『全てを手放す事は無理か』と

二人の化身は声高に笑い
俺の頭へと帰還する

残されたのは俺とテーブルの林檎

手を伸ばす事も
握り潰す事も出来ない俺は

ただ迷い続けながら
腹が減るのを待っているだけ




笑夜