ヒミツの恋【短編集】

私は中川君にとんでもない事を仕出かしてしまったんだ…




中川君が机に突っ伏して寝ている時、彼の椅子に足を引っ掛けて大転倒した事があった。




起こしてしまっただけでも申し訳ないことなのに、最悪な事に足を引っ掛けた事で、彼が座っていた椅子も相当動いてしまって…





中川君は椅子から転げ落ちてしまったんだ…




あの時のクラスみんなの大爆笑された恥ずかしさと…



床から立ち上がり私を睨みつけた中川君の恐ろしい顔が未だに忘れられない…





それ以来中川君は、“苦手”ではなくて、“恐い”人になってしまった…
その中川君が今私の目の前にいて…
小さい私を見下ろす様に見ている。






顔まで引き攣ったまま固まってしまって、動かない…





そんな状況でも保健室内から聞こえる女の人の喘ぎ声…





『…盗み聞き?』





中川君は鼻で笑うように小ばかにしたような感じで聞いてくる。






カアっと赤くなる顔。恥ずかしさと中川君が恐くて溢れそうな涙…





「ち、違…」






『じゃあなんでこんな所に…』





そう言いかけて中川君は言葉を止めた。






『お前っ!手!すげー出血!!』





私の怪我した手を掴む中川君に体がビクッと震える。





途端に聞こえなくなる、保健室内の喘ぎ声。






ヤバ…






中川君の声が大きくて気付かれた?






中川君もそれに気付いたのか、焦って掴んだ私の手を引っ張る。





『おいっとりあえず逃げるぞっ!!……って!!』






動けないのに思いきり引っ張られて、転倒した私…






膝を思い切り廊下に打ち付けてしまった…






「痛いっ!!」
やばい!私まで大きな声で言っちゃった…!!





急いでこの場から逃げなきゃいけないのに、動いてくれない体にジンジン痛む膝…







『――ッ!!くそっ!!』







ふわっと体が宙に浮いた。






「ひゃっ…な、中川く…」






中川君は私を肩に担いで、すごい早さで廊下を走り、突き当たりを曲がった。





ガラっ






保健室のドアが開き反対側へバタバタっと走り去る足音が耳に聞こえて来た…
突き当たりを曲がっても中川君は走るのを止めない。




保健室前からやっと解放されて、ホッとしたのもつかの間で、今度はどこに連れてかれるのかわからなくて怖くなる。





「お、降ろして!」





上半身を中川君の肩の上で起こして、掴まれた両足をばたつかせる。





『お、おい暴れるなって!!痛てっ!

おい!いいのか?パンツ見えてるぞ!!』






「パっ…!!いやっ!!変態!!」





私は恥ずかしさのあまり中川君に暴言を吐いて、両手で顔を覆った。





『てめっ!変態だぁ?』






低い唸り声のような響きを持つ中川君の声に、しまった!と思った。






ど、ど、どうしよう!!ただでさえ恐いのに、怒らせてどうするのよ…
少しずつ、中川君の走るスピードがゆっくりなものになっていって、やがてピタリと歩みを止める。





ドンドンっ






『失礼します。』





中川君は私を担いだまま、どこかのドアを開けて入っていった。





私はどこだろうと、不思議に思い、頭を上げて確認しようと振り返った。






ゴンっ…!!





鈍い音がして、すぐに激しい痛みが頭、ううん、おでこに走る。





『おいっ!!?』





チカチカと星が飛んで、ガンガンと痛むおでこ。




どうやらドアの入り口をくぐる瞬間に頭をあげてしまったから、思い切りぶつけてしまったみたい…





「い、いった――いっ!!」




中川君は私を肩から降ろして覗き込む。




おでこを抑えてた手を避けられ、じっと見られる。




「ひっ…」




中川君のドアップに体がのけ反る。
『ぶっ…くくっ…

あーはっはっ!!』





お腹を抑えて笑い始めた中川君。私はそんな中川君に呆気にとられる。





『で、でこ…
ぷぷっ…真っ直ぐ線に…くくっ!!は、腫れて…』





えっ!!?




ポケットに手を入れて、持っていた手鏡で確認する。





「や、やだぁ…」





中川君の言った通り、くっきりと、横に一本線が引かれた様に赤く腫れ上がったおでこが映ってて。






中川君の大爆笑を見てると本当、馬鹿にされてると感じてしまって…ジワジワと涙が溢れてくる。





そんな時、後ろから声をかけられた。
『何だ何だ?授業中に!』




振り返るとジャージを来た体育の先生の姿。





『あ、先生、コイツ怪我したみたいだから、手当てよろしく。手と膝と…くくっ…でこも!』





まだまだ笑い足りないのか中川君は、ゲラゲラ笑ってて、体育の先生は私の手の出血を見て、救急箱を持ってくる。






『なんで保健室にいかない?』





先生に聞かれて、中川君は漸く笑うのを止めて、答えた。






『…保健室、誰もいなかったから。後はよろしく!』




中川君はそうして、出て行った。




そっか…手当てするために体育教官室連れて来てくれたんだ。




『膝は自分で消毒してくれ。セクハラって言われると困るから。』
そうして、指にはガーゼに包帯で止血され、膝は○キロンで消毒、少し擦りむいた場所に絆創膏を自分で貼る。



…おでこは、そのままだと可哀相だと体育の先生は、笑いを堪えながら、ガーゼを貼って、赤くなったおでこを隠してくれた。





『よくこんなにいっぺんに怪我なんて出来るもんだな。今後気をつけろよ!』





「…ありがとうございました。」





体育教官室へ来なければ、おでこはこんな事にならなかったんだけどな…





そう思いながら、先生にお礼を行って廊下へと出る。


『おい。』




急いで家庭科室へ戻ろうとした時、下から声が聞こえた。






体育教官室のドア横にしゃがみ込む中川君の姿。





立ち上がり、そのデカイ図体で私を見下ろす。





私のおでこを見てまた思い出したのか、今にも噴き出しそうな顔をする。
「…何?」





そんな中川君を見て、忘れてた恥ずかしさが甦ってきて、泣きそうになってしまう私。





俯くと涙が零れそうだから、上を…中川君から目を逸らさずに見上げた。





うぅ…やっぱり…怖いよぉ…






両手でスカートの裾をぎゅっと握った。





そうでもしなくちゃ、恐くて、その場にへたり込みそうだったから。





おもむろに腕を前に出す中川君に、私は恐怖のあまり、後ずさって目を閉じた。