『…誤解してた。アイツとの事…。』
「いいよ…。和弘には関係のないことでしょう?」
結婚…するんだもんね…
「…彼女待ってるんじゃないの?」
私との事があの女のヒトにバレてこじれてしまえばいいのに…
そしたら、和弘は私だけを見てくれるのかもしれない…
『ヤベっ忘れてたっ!ちょっと待ってて!』
そうして携帯を取り出してかけ始める。
…期待するのも馬鹿だったみたい。
私の鞄を持ちながら話し始める和弘からそっと…気付かれないように少しずつ離れる。
けれど…
『どこ行くの?待ってろって言ったよね?…』
携帯で会話しながら、私の手を掴む和弘。
そして携帯相手に怒鳴り始めた。
『だからっ!悪いと思ってるよ!けど…俺も今一大事なんだよっ!…大事ななモン失う大ピンチなんだって!…ああ…悪い…後は頼んだ…。』
携帯を切ってポケットにしまい、私の体を自分の方へと向かせる。
『…裕美ちゃんは、悪い子だね。俺の事、こんなに振り回してさ。』
ポンっと頭に手を置かれて覗き込まれる。
「…子供扱いしないでよっ!!振り回してるのはどっちよ!…私の気持ち…弄んで…のは…和…弘でしょ!!大事なも…なんて…ひっく…嘘つかないでよ!!」
和弘の手を思い切り叩いて、後ずさる。
『…嘘じゃねーよ。大事な彼女だ…』
「……くせに…。ひっく…結婚するくせにっ!!」
『…は?』
「とぼけないでよっ!!あの女のヒトと…ッ…私じゃない彼女と結婚するくせにっ!!」
そう叫んだ私は、次の瞬間思い切り抱きしめられた…
『…誤解だよ。』
「やぁっ!離して!!今まで何もして来なかったくせにっ!!最後にだけ優しくしないでよっ!!」
そう叫んだ私に和弘の動きが止まる。
そして…
『…最後?…っざけんなよ!?』
体を離して、両手で私の頬を覆ったと同時に、視界が真っ暗になる。
「んんっ!?」
そのまま唇を和弘の唇で覆われた。
「やめっ…!?んんっ…」
やめて…と言おうとして口を開いた瞬間に生暖かい感触が口の中でする。
和弘の舌が…私の抵抗する力をどんどんと奪っていく…
口を離して、濡れた私の唇を親指でクイっと拭いそして車へと乗せ、シートベルトを付けてくれる。
ボーっとしてた頭が、車が走り出して少ししてようやく働きだした。
誤解って、…何が?
どうしてキスしたの?
…あの女のヒトは放っておいていいの?
聞きたい事はたくさんあるのに…
「…どこに行くの?」
私の口から出て来た単語はそんな言葉だった…
聞く勇気がない…
何普通に話しかけちゃってるんだろ…
『…落ち着いて話せるトコ。』
前を向いたまま運転する和弘はそれきり押し黙るから、私もそれ以上何も聞けなくなっちゃった…
数十分後には車は住宅街の中にあるひとつの一人暮らし向けの小綺麗なマンション前にある駐車場へと止まった。
ここって…
「…和弘の家?」
『着いたから、降りて。』
「…やだ。話なら…車の中でも出来るでしょう?」
そう答える可愛くない私…
だって…やだもん…
和弘の部屋に…あの女のヒトを思い出させるようなモノとか置いてあるかもしれない…
女の影を匂わすようなモノがあったら…イヤなの。
座ったまま膝の上で拳を固めて降りる意思がない事を態度で示す。
『はぁ…。』
和弘のため息が大きくて、思わずびくついて肩が揺れてしまう…。
『じゃあここでいいから聞いて?…誤解なんだよ。俺は結婚なんてしねーよ。』
「あんな所で二人きりでパンフレット見てた…」
『だーかーら!あれは俺のじゃなくて!知り合いの為にだよ!』
知り…合い?
『松嶋と俺は高校ん時の同級生なの!卒業してすぐ出来ちゃった結婚した同級生がいて!奥さんと松嶋とは親友で…奥さんが“結婚式あげたかった”って松嶋に言ってた事があったんだ。…おれも旦那と仲良くて、旦那も“ウェディングドレス着せてやりたかった”って言ってたから…
他の同級生に声かけて会費集めて…こっそり挙式させてやろうって…』
「和弘が…結婚するんじゃ…なかったの?」
『だから違うって言ってんだろ!?』
「あの女のヒト…松嶋さんとは…ただの同級生…?」
『そうだよ。』
嘘ぉ…
呆然と和弘を見つめてしまう…
『…俺の誤解は解けたけど、そっちのお話聞かせてもらおうか?』
「え?私??」
ホッとした私は和弘がどうしてそんなに怒った顔してるのかわからなくて、急に怖くなり、狭い助手席のギリギリ離れられるドア付近に寄る…
『まず…どうしていつかけても電話…通じなかった訳?』
電話…
「えっ!?かけて来てくれてたの?」
『いつかけても、電波通じないってアナウンス流れるし、メールもしたのに返事も無し…。』
「それは…ずっと電源切ってたから…」
つい和弘の鬼気迫る感じに負けて、モゴモゴと口ごもりながら答えた…
『何で?』
間髪入れずにまた質問されて、答えに詰まる。
『そんなに、俺と話すのが嫌だったって事?』
弱々しい声で問いかけてくる和弘に思わず大声で反論した。
「違うよっ!!…悲しかったの…。私、和弘がドライブ誘ってくれて、凄く嬉しかったんだよ?…なのに…時間が足りないからって会うのやめるだなんて…和弘が言うから…。」
例えちょっとだけでも会いたいって思うのが私だけだなんて、悲しかったんだもん…
「それに…期待しちゃうから。電話なんてかけてくれないって思ってても、画面見てると、何度も連絡ないか確認したくなっちゃうから…。それで連絡なくてまた落ち込みたくなかったの…」
和弘からの来ない連絡を待つのが嫌だったんだ
『会いたくないだなんて、勝手に決めんなよ…
俺…もう飽きられたんだって思ってたんだぞ。』
「だって…和…弘が…
和弘から…一度だって…っく…好きとか…聞いた事…ない…もん…っく…。
同情…で、つき、付き合ってるのかなって…ひっく…思ったんだもんっ!!」
運転席側から腕を延ばして、私を引き寄せて…胸の中へと押し込まれる。
『アホ…同情だと?…好きでもないヤツと同情だけで付き合えるワケねーだろう…』
胸の中からだと和弘の声が少し低く響いて聞こえる…
『…好きだったから…キスしたってどうして思わない?寝ぼけてようが、何とも思ってないヤツにはキスなんかしねーよっ。』
…キスしたのは…和弘じゃない…私だったから…
和弘にキスしたのは…私からだったから…