あ、まただ。
授業中、休み時間、お昼休み、放課後……ふと視線を感じてそちらを見てみれば、そこには、必ずと言っていいほど諸岡君の姿がある。
今もまた、授業中、ちょっとよそ見をしていたら諸岡君と目が合い、慌ててそらされた。
「ちょ、つぼみ、先生に指されてるって!」
ここのところ、ずーっとだし、一体なんなんだろう……なんて悠長に考えていたら、後ろの席の紗英に背中を叩かれ、ふっと現実に引き戻されたあたしは、弾けるように席を立った。
「あわわっ、聞いてませんでした!」
とたんに目に入る先生のなんとも言えない微妙な顔と、どっと大きな笑い声に包まれる教室。
うー、やってしまった……。
「春田さん、あなた最近、ずっとそうじゃないですか。集中力が足りていませんね」
「す、すみません……」
「気をつけてくださいね」
「……はい」
先生は、注意をそれだけに留め、すぐに授業を再開したのだけれど、次の授業では集中的にあたしを当てる、と言い、予習をしっかりしておくようにと、ため息をもらしながら釘を刺す。
まったく、災難だ。
英語は特に苦手科目だっていうのに。
「つぼみ、あんた一体、どうしたのよ。真面目だけが取り柄、みたいな顔のくせに」
「……それ、地味だって言ってるよね。いや、いいんだけど、ちょっと気になることがあって」
「ん?」
授業後、次の授業の準備をしていると、あたしの前の席に回り込んで座った紗英に言われ、あたしはそう、言葉を濁らせた。
紗英が言うように地味なあたしが、諸岡君なんていう、バスケ部のステキ男子とやたらと目が合うなんて、どう考えても自意識過剰だし、きっとあたしの思い違いだと思うのだ。
なかなかな毒舌ぶりとは反対に、話してみな、と可愛らしく小首をかしげる紗英の顔を見ながら、紗英くらい可愛かったら、たぶん自意識過剰でもないんだろうなぁ、なんて思う。
「おーい、つぼみ?」
「……あ、ううん。なんでもない。気になることなんてなかったよ。気にしないで、紗英」
紗英に話してみようかな、と思った気持ちを改め、言うと、紗英は「変な子」と不思議そうに眉をひそめて席を立ち、その背中を目で追ってみると、諸岡君のところへ向かっていった。
諸岡君と同じく、紗英もバスケ部だ。
部活のことでも話しに行ったのだろう。
あたしも、前は紗英に付き添ってバスケ部の見学をすることもあったけれど、なんせ、ボールの取り合いともなると迫力がものすごく、競り合いには、わりとケガもつきものだ。
中学の頃、体育の授業のバスケのとき、パスが回ってきてボール持ったら、相手チームの子に思いっきり取られ、接触した箇所が悪かったようで、親指と人差し指の間にケガをしたことがあって、それ以来、なんとなく敬遠している。
真冬だったから、傷の治りもけっこう遅く、お風呂のときは、ピリピリとしみるしみる。
応援したり、観戦するのは、もちろん好きだ。
ただ、実際にコートに立つとなると、痛かった思い出が払拭できずにいるのか、どう動いたらいいか分からなくなり、固まってしまう。
足手まといもいいところで、だからあたしは、今度の体育祭でも、綱引きや大縄跳び、といった、あまりチームに迷惑がかからないような種目に手を挙げるつもりでいる。
けれど、現実はそう上手くもいかないもので、数日後のホームルームで体育祭の出場種目を決めるとき、まだ立候補もとっていないのに、なぜかバスケのところにあたしの名前が。
春田はクラスであたしだけだ。
お、おかしい……。
「紗英っ、名前っ!あた、あたしの……っ!」
黒板にあたしの名前を書いた張本人、学級委員長でもある紗英に、慌てて抗議をしに行く。
けれど紗英は、チョークを持つ手を休めることなく、あたしの名前の横に、諸岡、と書きながら、しれっとした口調でこう言うのだ。
「うん。チームのバランスを取るために、ちょっと名前を借りたよねー。てか、バスケって何気に不人気なのよ。どうせ誰も立候補しないんだから、委員長を助けると思って頼むよ」
「そんなぁ……!」
あたしがバスケはおろか、運動全般があまり得意ではないのを知っていての、この抜擢って。
いくら親友だといっても、ひどすぎる……。
「まあ、遊びなんだし、諸岡もいるし、体育祭までには、なんとかしてもらえるでしょう。あたしだってメンバーなんだから、大丈夫よ!」
がっくりと肩を落としていると、チョークを持つ手を休めた紗英が、あたしの肩に手を置き、そう言いながら、にこにこと笑う。
あたしは、紗英のこの顔に弱い。
……とっても。
あたし的には、最近、よく目が合う諸岡君も、バスケを避けたい理由のひとつではあるのだけれど、それをこの場で言えるわけもなく、すごすごと自分の席に戻る、という、なんとも不甲斐ない結果に終わったあたしだった。
「じゃあ、まずはパスを回してみよっか」
そう言った紗英に渋々頷くと、1週間後の体育祭に向けての練習がはじまった。
いつもは部活で使われている体育館は、あたしたちと同じように体育祭の練習で使う生徒がちらほらといて、みんなジャージに着替えてはいるものの、ことごとくやる気がない。
放課後にわざわざ残って練習をしよう、という物好きは、あたしたち……というか、体育祭は遊びだ、と言った紗英くらいなもので、現に練習に参加しているのは、男女混合バスケチーム内で、紗英、諸岡君、そしてあたしの3人だ。
「つぼみ、ボールっ!」
「え!? わっ!……ぐふっ」
「大丈夫? てか、ぐふっ、って。ぷぷぷー」
すると、どうやら、少しよそ見をしていた間にパスが回ってきていたようで、取り損ねてお腹に直撃したあたしは、女子とは思えないような野太いうめき声を上げてしまった。
それを笑うのは、もちろん紗英だ。
諸岡君は、なぜだか、あたふたとしていて、ゆるゆると力なく体育館の壁に向かって転がっていくボールを、何度も取り損ねている。
「……今のパス、諸岡君だったの?」
「うん。それにしても、すごい動揺っぷりね」
「エースなのにね」
「それは関係ないよね」
紗英に聞くと、やはりあたしにパスを出したのは諸岡君だったそうで、女子にボールを当てるなんて思ってもみなかったのだろう、どう対処をしたらいいか分からない様子だった。
ボールを持ったまま、手持ちぶたさでうろうろとしているところなんかが、まさにそれで、みんなから一目置かれるバスケ部のエースには、なかなか見えないのが、正直な感想だ。
「あの、諸岡君、気にしないでね」
「……」
言うと、こくり、無言で頷く諸岡君。
顔はとっても赤い。
彼の声をあたしはほとんど聞いたことはなく、無口だ、という話は本当のようで、どれだけ無口なの……と思ったのが、次の感想だ。
その後、紗英が場を仕切り直し、再びパス回しがはじまっても、諸岡君は無言で、紗英だけがやたらと元気がいい、そんな状況が続く。
実戦となると、なぜか不人気だというバスケ。
紗英を助けると思ってメンバーに加わることを了承したあたしだったけれど、諸岡君とは一言も話さないままに終わってしまったこの日の練習に、一抹の不安を覚えたのは否めない。
初日はこんなもんかな、とも思うけれど、無口すぎるエースを柱とするこのチームのチームワークと、あたしのバスケに対する苦手意識の克服、あと6日でどうにかなるだろうか……。
不安です。