あたし達の目の前に飛び込んできたのは、なんと、明るい体育館。
大きなライトが何個も付いていて、オレンジ色の光を体育館中に放っている。
そして、外からの光を遮断する遮光カーテンまで。
驚くのはこれだけじゃない。
さらには、コートのラインまでもが綺麗に貼り替えられている。
すごいよ………!!!!
「私達からの、気持ちです」
「あっ、校長先生!」
蒼乃が振り返りそう言った。
そこには、穏やかに笑う校長。
「君達には、本当に頑張ってもらいたい。私達は、そのお手伝いをさせてもらったまでですよ」
「ありがとう、ございます…!」
美凪が深々と頭を下げる。
あたし達も、続いて頭を下げる。
校長は、はっはっは、と笑った。
「頭を上げなさい。大したことはしていません。……あぁ、1つ、言っておかなければならないことがありました」
「…え、っと、それは、一体どんな…」
美凪がゆっくり頭を上げ、尋ねる。
「君達の中体連初日が、我が校最後の日です。ですから、勝っても負けても、M中バスケ部として戦えるのは、その1戦限りです」
「「「「「「えっ…………?」」」」」」
美羽ちゃんを含めた6人が、同時に声をあげる。
「じゃあ、それって……」
未希の声は、わずかに震えている。
「…それが……あたし達の、最後……?」
あたしも、震えてしまった。
だって、信じられなかった。
そんな、たったの、1戦限りだなんて……
「………残念ですが…」
「…頑張ろう、皆」
美凪があたし達に向き直ってそう言った。
「仕方ないじゃん。決まったことだよ。いつまでもうじうじしてるより、今目の前の練習を頑張ろうよ。ウチらの全ては、その試合ただ1つ。そこで、負けるわけにはいかないでしょ」
美凪の目は、すごく真っ直ぐだった。
「「「「「……うん」」」」」
今目の前にあるものに、全力を尽くす。
あたし達の全てを、たったの1戦、32分でどれだけ出せるか。
そのために、今は、
強くなる。
ただ、それだけ。
あたし達は、最高の終わり方をしたい。
勝って、笑って、終わりたい。
───6月8日。
過ぎて欲しくない時間ほど、あっという間に過ぎていく。
7月7日の中体連まで、もう1ヶ月をきった。
「集合ーッ」
「「「「はいッ!!!!」」」」
約10分間のフットワークを終えたあたし達は、美凪の声で集合した。
「皆、もう、中体連まで1ヶ月きってる」
ごくりと息をのむ。
1ヶ月後の今日、あたし達は、もう、M中バスケ部じゃなくなってる。
バラバラで、それぞれの新しい中学に通ってる。
あたし達は、もう、1ヶ月も一緒にいられないんだ───
「今日から、練習内容を濃くします。この1ヶ月で、ウチらがどこまでいけるか。皆、頑張ろう!」
「「「「はいッ!!!!」」」」
「先輩、頑張ってください! 私も精一杯頑張ります!」
美羽ちゃんも気合いの入った表情でそう言う。
美凪が、早速今日のメニューを言う。
「今日から本格的にディフェンス練習を始めます。ウチらはマンツーマンでディフェンスするから、1人1人が責任を持って守らなきゃいけない」
マンツーマンディフェンスとは、1人のオフェンスに対して1人のディフェンスがつく、というもの。
「じゃあ、まずはディフェンスの基本姿勢から。皆、もうできるよね?」
あたし達は5月の最終週で、ディフェンスの基本姿勢を練習した。
腰を低く、膝を曲げて、オフェンスが向かう方の手は上げて、逆の手はドリブルカットのために下に下げる。
「…よし、皆さすが! たった数日でちゃんとできるようになった!」
美凪がそう言うと、見ていた美羽ちゃんが小さく拍手する。
「じゃあ、これにオフェンスをつける。試合と同じように」
美凪は「まずは、未希、棗がオフェンス。今までやったドリブルの技、できるだけ使って」と言った。
未希にボールをひょいっと投げられ、慌ててキャッチ。
「未希には和香、棗には蒼乃がディフェンスね」
「はーい」
「よーっし、来い! 棗ちゃん」
「おぉっ、蒼乃、気合い十分だね」
美凪がくすりと笑った。
「じゃ、まずは未希」
美凪が言う。
「はい。和香、いくよ」
「オッケー」
未希はボールを持ち、和香と向かい合った。
───次の瞬間
「「「「っ!!!?」」」」
「っ、うそっ!?」
未希は、右足を前に踏み出し、ボールも右側に持っていった。
しかし。
和香は素早く反応し右にディフェンスについたが、
それと同時に、未希は左側に速いドリブルで、あっという間に和香を抜き去っていった。
………な、なに、今の───
誰もが右に行くと思ったに違いない。
のに───
あたしの頭の中で、今の未希のプレーが何度もリピートされる。
今のって……一体…………
「っ、未希…フェイク、できるの……?」
尋ねる美凪に、未希は親指を立ててニカッと笑った。
「あったりめーよ。PGになったんじゃ、フェイクの1つや2つできなきゃ」
〝フェイク〟
あたしの頭の中で、今度はそれが回り出す。
「みっ、美凪」
気づいたら、口が開いてた。
「フェイクって…」
美凪はハッとしたように、あたしに視線を移した。
「今、未希がやったやつ。右に行くと見せかけて実は左に行く、っていう。いわゆる、騙しってやつ」
美凪は、あっ、と小さく叫び、パチンッと指を鳴らした。
「そうだ! これだ、フェイクだ!!」
「…は?」
未希は怪訝な顔で美凪を見る。
「棗ッ、棗もフェイクできるように練習しよ!」
「…ぅえぇっ?!」
あっ、あたしが?!
「スピードあるドリブルで、プラス、フェイクができれば、1対1は絶対勝てるッ!」
美凪の目はキラキラ光り輝いている。
「……あ、あのー」
「ん? なぁに?」
あたしは美凪のジャージの袖を引っ張る。
「じゃあまず、スピードあるドリブルの練習さして」
だってその、フェイクをやるには、スピードなきゃいけないんでしょ?
あたしはまだドリブルに慣れたばっかで、速いドリブルはできない。
だから、
「1日、時間ちょうだい」
今日家帰ったら、真っ先にドリブルの練習するよ。
「棗ちゃん、頑張ってね、ドリブル!」
「あいよ。わかってら」
途中、別れるとこまで蒼乃と帰って、ばいばいって手振った。
蒼乃と別れたあたし、猛ダッシュ。
家の鍵を乱暴に開け、玄関で靴を脱ぎ散らかし、バタバタと部屋への階段を駆け上がる。
「ちょっとー、棗ーっ?!」
案の定、下からは母さんの声。
「はぁい」とテキトーに返事しながら、Tシャツを着替える。
そして、この前買った、マイ・バスケットボールを片手に、またバタバタと階段を駆け下りた。