弱小バスケ部の奇跡






「………えーっと、これは…夢?」



美凪がやっと口を開いた。




「……や、現実? ほっぺた痛いよ」



あたしは、もう1回ほっぺたをつねる。


やっぱり痛い。





………ってことは、これは、現実……?






「…ふふふ。驚いた?」


「っ、先生!」


和香が甲高い声でそう言った。




「……先生…工事って、このことだったんですか」


未希が尋ねる。




先生はにっこり笑って頷いた。


「えぇ。暗いと、不便でしょ?」





………う、そ。



これ、すごいよ、すごい!!!!









あたし達の目の前に飛び込んできたのは、なんと、明るい体育館。




大きなライトが何個も付いていて、オレンジ色の光を体育館中に放っている。


そして、外からの光を遮断する遮光カーテンまで。




驚くのはこれだけじゃない。


さらには、コートのラインまでもが綺麗に貼り替えられている。





すごいよ………!!!!





「私達からの、気持ちです」


「あっ、校長先生!」


蒼乃が振り返りそう言った。




そこには、穏やかに笑う校長。


「君達には、本当に頑張ってもらいたい。私達は、そのお手伝いをさせてもらったまでですよ」


「ありがとう、ございます…!」



美凪が深々と頭を下げる。




あたし達も、続いて頭を下げる。









校長は、はっはっは、と笑った。



「頭を上げなさい。大したことはしていません。……あぁ、1つ、言っておかなければならないことがありました」


「…え、っと、それは、一体どんな…」



美凪がゆっくり頭を上げ、尋ねる。





「君達の中体連初日が、我が校最後の日です。ですから、勝っても負けても、M中バスケ部として戦えるのは、その1戦限りです」


「「「「「「えっ…………?」」」」」」




美羽ちゃんを含めた6人が、同時に声をあげる。




「じゃあ、それって……」


未希の声は、わずかに震えている。





「…それが……あたし達の、最後……?」



あたしも、震えてしまった。





だって、信じられなかった。



そんな、たったの、1戦限りだなんて……









「………残念ですが…」







「…頑張ろう、皆」


美凪があたし達に向き直ってそう言った。




「仕方ないじゃん。決まったことだよ。いつまでもうじうじしてるより、今目の前の練習を頑張ろうよ。ウチらの全ては、その試合ただ1つ。そこで、負けるわけにはいかないでしょ」



美凪の目は、すごく真っ直ぐだった。





「「「「「……うん」」」」」





今目の前にあるものに、全力を尽くす。



あたし達の全てを、たったの1戦、32分でどれだけ出せるか。




そのために、今は、







強くなる。



ただ、それだけ。





あたし達は、最高の終わり方をしたい。






勝って、笑って、終わりたい。












───6月8日。



過ぎて欲しくない時間ほど、あっという間に過ぎていく。





7月7日の中体連まで、もう1ヶ月をきった。







「集合ーッ」


「「「「はいッ!!!!」」」」



約10分間のフットワークを終えたあたし達は、美凪の声で集合した。




「皆、もう、中体連まで1ヶ月きってる」



ごくりと息をのむ。





1ヶ月後の今日、あたし達は、もう、M中バスケ部じゃなくなってる。

バラバラで、それぞれの新しい中学に通ってる。





あたし達は、もう、1ヶ月も一緒にいられないんだ───





「今日から、練習内容を濃くします。この1ヶ月で、ウチらがどこまでいけるか。皆、頑張ろう!」


「「「「はいッ!!!!」」」」


「先輩、頑張ってください! 私も精一杯頑張ります!」



美羽ちゃんも気合いの入った表情でそう言う。









美凪が、早速今日のメニューを言う。



「今日から本格的にディフェンス練習を始めます。ウチらはマンツーマンでディフェンスするから、1人1人が責任を持って守らなきゃいけない」



マンツーマンディフェンスとは、1人のオフェンスに対して1人のディフェンスがつく、というもの。




「じゃあ、まずはディフェンスの基本姿勢から。皆、もうできるよね?」



あたし達は5月の最終週で、ディフェンスの基本姿勢を練習した。




腰を低く、膝を曲げて、オフェンスが向かう方の手は上げて、逆の手はドリブルカットのために下に下げる。




「…よし、皆さすが! たった数日でちゃんとできるようになった!」


美凪がそう言うと、見ていた美羽ちゃんが小さく拍手する。




「じゃあ、これにオフェンスをつける。試合と同じように」



美凪は「まずは、未希、棗がオフェンス。今までやったドリブルの技、できるだけ使って」と言った。



未希にボールをひょいっと投げられ、慌ててキャッチ。




「未希には和香、棗には蒼乃がディフェンスね」


「はーい」


「よーっし、来い! 棗ちゃん」


「おぉっ、蒼乃、気合い十分だね」



美凪がくすりと笑った。









「じゃ、まずは未希」


美凪が言う。


「はい。和香、いくよ」


「オッケー」



未希はボールを持ち、和香と向かい合った。






───次の瞬間




「「「「っ!!!?」」」」


「っ、うそっ!?」




未希は、右足を前に踏み出し、ボールも右側に持っていった。



しかし。




和香は素早く反応し右にディフェンスについたが、






それと同時に、未希は左側に速いドリブルで、あっという間に和香を抜き去っていった。







………な、なに、今の───








誰もが右に行くと思ったに違いない。



のに───





あたしの頭の中で、今の未希のプレーが何度もリピートされる。



今のって……一体…………






「っ、未希…フェイク、できるの……?」



尋ねる美凪に、未希は親指を立ててニカッと笑った。


「あったりめーよ。PGになったんじゃ、フェイクの1つや2つできなきゃ」





〝フェイク〟


あたしの頭の中で、今度はそれが回り出す。





「みっ、美凪」



気づいたら、口が開いてた。




「フェイクって…」




美凪はハッとしたように、あたしに視線を移した。


「今、未希がやったやつ。右に行くと見せかけて実は左に行く、っていう。いわゆる、騙しってやつ」








美凪は、あっ、と小さく叫び、パチンッと指を鳴らした。



「そうだ! これだ、フェイクだ!!」


「…は?」



未希は怪訝な顔で美凪を見る。





「棗ッ、棗もフェイクできるように練習しよ!」


「…ぅえぇっ?!」



あっ、あたしが?!




「スピードあるドリブルで、プラス、フェイクができれば、1対1は絶対勝てるッ!」



美凪の目はキラキラ光り輝いている。




「……あ、あのー」


「ん? なぁに?」



あたしは美凪のジャージの袖を引っ張る。





「じゃあまず、スピードあるドリブルの練習さして」




だってその、フェイクをやるには、スピードなきゃいけないんでしょ?


あたしはまだドリブルに慣れたばっかで、速いドリブルはできない。





だから、



「1日、時間ちょうだい」




今日家帰ったら、真っ先にドリブルの練習するよ。