弱小バスケ部の奇跡




〝ピー〟

3クォーターが始まった。




M中ボール。


美凪がスローインした瞬間、キャッチするはずの未希がフロアに倒れこんだ。




「ナイスカット千鶴!」


千鶴はそのままレイアップシュートを決めた。



シュートを決めて帰ってきた千鶴は、転んだ未希を見てニヤリと笑った。





───っ、千鶴?



起き上がった未希は、腕のあたりをさすっている。


そして、千鶴をキッと睨む。




「大丈夫、未希ちゃん!」


和香が未希に駆け寄る。



「…っ、くっそ」




もしかして千鶴、わざと未希にぶつかった……?



しかし、審判のホイッスルは鳴らない。








それからというもの、T中の荒いプレースタイルは変わらなかった。




和香は、7番に肘をお腹に入れられシュートを決められた。

その上まるで自分がファウルされたかのように審判に言った。



審判はT中のコーチ。


和香は、すぐさまファウルをとられた。




蒼乃は、ドリブルで突っ込んできた8番に真正面からぶつかられた。


普通ならこの場合、オフェンスファウルになるのに、審判は蒼乃にファウルをとった。




美凪は、レイアップシュートをしようとしたら4番に腕を掴まれた。


絶対ファウルなのに、審判は「見ていない」と言い張り、それに怒った未希が抗議すると「退場にしますよ」と言われた。



あたしは、ルーズボールを追いかけたところ足を引っ掛けられ、膝から転んだ。





T中はノーファウルなのに、M中はチームファウル。


フリースローもほとんど決められ、体も心もズタズタだった。





〝ピー〟


試合終了のホイッスル。








───71対0





T中の勝ち。










帰る支度をしている最中、あたしは聞いてしまった。







〝ねーえ千鶴。あんた試合前M中の奴と話してたけど、なに?〟



〝知らな。誰って感じ〟



〝え、なに。知らない奴と話してたの?〟



〝ウザいから突き離しといた。握手とかも求められたし。マジあいつ論外!〟



〝やーだぁ、なにそれぇ。キモーイっ〟






同時に、下品な笑い声。



あたしは、ぐっと唇を噛み締めてその場を立ち去った。





握り締めた拳。




爪が痛い。












「おはよー、蒼乃」


「んー、おはよう棗ちゃん」




T中との練習試合から2日後、月曜日。




試合で負った怪我は、まだ少し痛む。


あたしの膝のあおたんは酷い色をしているし、蒼乃も思いっきり尻もちをついて痛いと、。・゜・(ノД`)・゜・。こんな絵文字つきのメールが送られてきた。




かなり痛いに決まってる。







教室に着くと、女バス全員顔が死んでる。



中でも未希は、痛いというよりかは怒ってる感じで、近寄り難いオーラを放っている。






でも、あたし思いもしなかったよ。



和香のハイテンションな性格が、こんな時に大活躍するだなんて。





「もぉーっ、皆してコワい顔しちゃって。過ぎたことだよっ、ねっ?」




和香だって、痛いはず。


みぞおちに、かなり強めに肘が入ったんだもん。




腹筋強い人でも、絶対痛いって。










「和香は、今回のでわかった!」


「……なにを?」



わずかに顔を上げた美凪が尋ねる。


和香は、自信ありげに言った。






「腹筋って、鍛えなきゃダメだなーってこと♪」



───ガンッ


和香が言ったのと同時に、未希は椅子から落下した。



美凪は無言のまま机に顔面落下。



隣の蒼乃は力が抜けたようにふらついた。




あたしはというと、



唖然と和香を見つめるばかりだ。





「えっ、ちょっ、どうしたの皆?!」


「こんのアホ!」


「えっ」



腰を打ったのか、さすりながら立ち上がり和香にそう言った未希。











「あんたがあの試合で学んだことはそんなんかいな!」



ついには美凪までもがツッコむ。




「やーショックーっ! 美凪ちゃんに言われたらなんかムカつくーっ」


「おいコラ、どういう意味だいそれは?」




2人のやり取りを見て、場の雰囲気は一気に和んだ。



ピリピリしていた未希のオーラも随分和らいだ。






和香の力がすごい、と言うべきか、あるいは本当にバカなのか。





まぁ、結果オーライでよしとしよう。
うん。












あたしは、思い出した。





「ね、美凪。スコア? だっけか」


「ん? スコア?」





そう。

T中2年との会話を思い出していた。




「書く人いた方がいいんでしょあれ」


「んーまぁ。てかいなきゃダメだね」


「なぬっ」




ダメじゃん!

誰か、いなきゃダメじゃんかよ。






「まーあ、なんとかなるっしょそのうち」


「うーわテキトー野郎」






笑ってその話は終わったけど。


やっぱなんとかしなきゃなんだよな。





だーれかいないっかなーー




心優しい方とかいらっしゃいます?

あたし達のためにスコア書いてくださる、神級に心優しい方は。











「オレの妹に頼むか?」


「っえ?」




昼休み、机で読書をしていたら後ろから肩を叩かれた。



「っ! 佐倉ちゃん」


「スコアだけなら大丈夫だと思うけど?」




二カッと太陽みたいに笑ったのは、佐倉 綾水(さくら あやみ)。


幼稚園からの付き合い。



幼稚園ん時は綾水ちゃんだったけど、小学校高学年あたりから佐倉ちゃん呼びされてる。


あたしもそれにならって、呼び名は変更した。




んで、この人の最大の変人ポイントは、自分のこと『オレ』って言うこと。




あの、一応は女子なんです。


なんのウイルス体内に取り込んだか知らないけど、一人称は『オレ』。





幼馴染がこんなんになったのは、ほんと、理解不能です。



でも、根はいいやつだよ。






……多分。










あたしは改めて、佐倉ちゃんに向き合う。



「ほんとに?」


「あ、うん、多分ね。どーせ暇してるし」




佐倉ちゃんは、1つ下の妹がいる。

名前は、確か美羽(みう)ちゃん。



中2だけど、ここじゃない別の中学校に通っている。




「一時期、趣味でバスケやってたんだよねあの人。スコアくらい、書けんじゃない?」



佐倉ちゃんは美羽ちゃんのことを話す時、嬉しそうに笑っている。




ホラね、妹好きな優しいお姉様なんですよ。




「…んー」



え、これって、あたしの判断でオッケー牧場的な感じ?




「遠慮すんなって!」


佐倉ちゃんに押され、頷いた。



「じゃ、お願いしていい?」


「ん! 帰ったら頼んでみるよ」




佐倉ちゃんは、また太陽みたいに笑う。


つられてあたしも思わず笑った。




「ありがと」