………あ。
あたしが試合前に和香の飲み物全部飲んじゃったからか?
まずい、熱中症にでもなったら大変だ。
「…和香? これ飲んで」
水筒を持って来て、和香に差し出す。
ゆっくりと顔を上げた和香は、ううん、と首を横に振った。
「大丈夫。あそこに、水道あるから…そこにあるから、大丈夫……」
和香はそう言うと、ふらふらと危なげに水道の方に歩いて行った。
帰ってきた和香は少し元気になっていた。
「もう、和香体力ないからさ〜。すぐ疲れちゃうの。ダメだね、和香」
和香は、へへっ、と笑ったあと、よし、と両頬を叩いた。
「ラスト1クォーター、頑張るぞーッ!」
………大丈夫かな、ほんとに。
和香のことだから、笑顔の裏側で無理してそう………
「始めます!」
不安に思いながらも、あたしは審判の声で再びコートに戻った。
「和香リバンッ!!」
………あたしが不安に思ってたことが、今目の前で起きた。
「和香リバウンド全ッ然とれてないよ!」
「ごめ…っ」
未希に指摘された、和香のリバウンド。
チームプレーで外してしまったシュートのリバウンドは、全て相手に取られてしまっていた。
疲れてるんだよ、和香は………
……って、試合中そんなこと言ったらダメか。
代わりはいないんだもん。
でもその後も、チームプレーで和香に出したパスは全てミス。
一進一退で戦ってきたのが嘘みたいに、あたし達は一気に点差を突き放されていった。
〝ピー〟
4クォーター終了。
「78対62で、S中の勝ちです」
翌日、日曜の練習。
今日は昨日の試合の反省を生かして、それぞれ自分に足りなかった力をつける、個人メニューになった。
あたしは、スリーはもちろんだけど、判断力が足りない。
そこを見極めるのは難しいけど、見極めなきゃいけない。
頭ん中で、何回も何回もシュミレーションしながら、練習していく。
みんなそれぞれ反省点はたくさんあって、集中して練習してる。
「違うッ! タイミング全ッッ然合ってないッッッ!!」
未希は、和香のリバウンド指導に入ってる。
それもいいけど、自分の練習もしなよ未希。
あたしは心の中でぽつりと言うと、再び自分の練習を再開した。
───それは、突然だった。
〝バンッ〟
あまりにも大きな音に、あたしの体はびくりと震えた。
恐る恐る振り返ると、そこには転がるボールと、怖い顔をした未希と、肩を竦めて立つ和香がいた。
………え、なにこれ、どうしたの…
「…っんでわかんないんだよッッッ!?」
えっ───
慌てた美凪は、2人の間に割って入る。
「ね、未希、落ち着いて?」
「落ち着いてる暇なんかないんだよッッ」
美凪の言葉を全無視。
「なんで!? なんでこんな簡単なことがすぐにできないわけ!? やる気あんの!?」
「…っ」
「ちょっと未希、やめなよ」
「聞いてんのかコラッ!?」
…え、未希?
どうしちゃったの、急に…?
フロアに座り込み俯く和香は、泣いているのか、鼻をすする音が聞こえる。
「昨日なんかリバウンド全くとらないし、中体連前なの自覚してんの!?」
「………」
「だから、1回未希落ち着い…
〝バンッ〟
えっ───
………ちょっとこれ、なに?
現実?
フロアに殴り倒された美凪。
それを、目を見開いて見る和香。
「キャプテンは黙ってて」
そう、冷たく言い放つ未希。
未希は続けて、とんでもないことを言った。
「やる気ないやつはいらないから。今すぐここから出てって」
ちょっと、未希それは───
「やる気がないなら、バスケ部辞めなよッッッッ!!!!」
「未希ッッッ!!!」
あたしは、ついに耐えきれなくなった。
「…なに言ってんの? 言ってることわかってんの? 和香がバスケ部やめたら、あたし達中体連出れなくなるんだよ!? 今までの練習が、全部水の泡になるってことわかんないわけ!?」
「なっ、棗ちゃん」
後ろから、蒼乃の焦った声が聞こえた。
「和香だって、一生懸命やってんだよ。なんでそれを、わかってあげないの?」
「…中体連いつだと思ってんの? 今週なんだよ? なのに、今になってまだリバウンド1つできないやつのほうが、よっぽどおかしいと思わない?」
「だから、あたしが言ってるのはそういうことじゃなくて…っ
「棗ちゃん……もう、いいよ、ありがと」
「…え?」
振り返ると、ゆっくりと立ち上がった和香は、そのまま出口に向かって歩いていく。
「…もう、いいよ。和香は、どうせ、未希ちゃんみたいにすぐにできないから。だから、バスケ部、辞める」
「ちょっと和香!?」
起き上がった美凪が、和香を追いかける。
「美凪ちゃんも、今までありがとう。棗ちゃんも、蒼乃ちゃんも」
「ちょっと和香っ
「サヨナラっっ!!!!!」
和香は顔をくしゃくしゃにしながら、そう叫んだ。
そして、すぐに走って行ってしまった。
「和香っ、和香っっ!!!」
あたしと美凪と蒼乃で必死に和香を追いかけたけど、昇降口には、もうすでに和香の姿はなかった。
翌日の月曜。
朝のHR。
「えー…今日の欠席は……杉瀬さんと……原さんね」
和香と未希は、学校を休んだ。
「珍しいわねーこの2人が休むなんて。練習試合の疲れが出たのかしらね〜」
……なんて、先生は呑気に言ってるけど。
あたし達は、それどころじゃない。
考えたくないけど、
もしも和香が本当にバスケ部をやめたら、中体連は、どうなるの?
出れずに終わるの?
最低の終わり方。
そして、最低の別れ方。