弱小バスケ部の奇跡






あたしがドリブルを始めると、蒼乃は厳しくマークについてきた。




……っく…


これは、フェイクとか、技じゃなきゃダメだな……




あたしはロールで蒼乃をかわした。



よし抜いた…っ




いやでも、このコースは正直厳しいかも…




「棗ちゃんっ、パスパス!」



そうだ。


和香、いいとこに……!!




ダンッ



あたしは和香にバウンドパスをすると、和香はそれをキャッチしジャンプシュートを決めた。



「ナイッシュー和香!」


「ナイスパス棗!」








違う……ッ



あたしは、




あたしは、スリーポインターだ………ッ



これができたからって喜ぶ暇なんかない。




あたしは、スリーを決めなきゃいけないやつなんだよ……………ッッッ







あたしはなるべく、というか全部、スリーだけに集中した。




でも───





───ガンッ



外した…………っ




───ガゴンッ



…くっそ……また………ッ





あたしが、スリーポインターでいいの、美凪。



ちょっと試合形式になったら、1本も入らない。




あたし、試合でスリー決められるの?





なんか、あたし───













終わってから残って練習しようと思ったけど、今日はもう閉めるからと言われ、できなかった。




あたしは家の近くの公園のゴールで練習することにした。




フォームを1から確認し、アーチを高く、手を残すのもしっかり意識して打った。




───スパッ



落ち着いて打てば決まるんだけど。




………ん?




…………そうか!



落ち着けばいいんだ。


確かにあの時、ディフェンスがすぐ来るかもって思って、少し慌てて打った気がする。




『チャンスの時こそ平常心』



どっかで聞いたこの言葉の意味、理解できた気がする。










ディフェンスが来るだろうとなんだろうと、あたしはスリーだけに集中すればいいんだ。




動じない。



目の前のゴールだけに、神経を集中させる。





───スパッ






0°、45°、90°、全部の角度で打つ練習をする。




───スパッ






───スパッ






───スパッ




落ち着いたら、こんなに簡単に決まるんだ。



あれは、落ち着きゃいい話だったんだ。


すごい単純なこと。



それを意識すれば、決まるもんは決まる。











「棗、喉乾かない?」


「っ! か、母さん」



いきなり声をかけられたから、若干ビビった。



未希といい母さんといい、背後からの攻撃はやめてほしい。




「スポーツドリンク持ってきたんだけど、飲む?」



あ、ちょっと喉乾いてきたかも。


「ありがと」



あたしは母さんの手からペットボトルのスポーツドリンクを受け取り、一気に半分近くまで飲んだ。



「うーわすごい一気に飲んだね。そんなに喉乾いてたなら自販で買えばよかったのに」


「練習で、喉乾いてることなんかわかんなかったんだよ」



そう言ってまた一口。










よし、練習戻るか。



「棗、頑張ってるね」


「…?」



立ち上がったあたしに、母さんは今更そんなことを言った。




「もう、そのメンバーでバスケができるのは、あと1週間ちょっとでしょ?」


「……あ、うん」



母さんはなにが言いたいんだ。


あたし、早く練習して確実に決められるようにしたいんだけど。




「…棗にはまだ言ったことなかったけどね、母さんも中学の時バスケやってたのよ」


「……え…っ?」




母さんが、バスケ?



あたし『母さんはテニスで全国行ったことあるんだからね』としか聞いたことなかったから、てっきり母さんはテニス一筋なんだと思ってた。


なんか、すんごいびっくりだし、意外。










「上手でも下手でもない選手だったけど、とにかくバスケが大好きだったの。プレーが上手くいった時なんかはうるさいくらいにはしゃいでたし、チームプレーで点が決まった時なんかはなおさら」



母さんは、本当に懐かしそうに目を細めた。



あたしは練習を忘れて、母さんの話に耳を傾けていた。




「でも中2の時ね、バスケできなくなったの」


「え…」



なにか、あったんだろうか。





「膝に、水が溜まっちゃってね。ドクターストップかけられて、お医者さんに、バスケやめなさいって言われたの。お母さんにも」




膝に水が溜まった………?



「このまま続けたら悪化して、最悪歩けなくなるって言われちゃったもんだから、やめるしかなかったのよねー…」




母さんに、そんなことがあったなんて、知らなかった。












「だから中体連出てないのよね。コートの外から、叫びながら応援してた。内心、すっごい悔しかったけど」



そりゃそうだ。


努力してきたのに、それが怪我のせいで水の泡なんて………。



今あたしがそうなったら、なんて考えたくもないけど、あたしだったら無理にでもやりそう。




「…一生懸命練習してる棗を見たら思い出してね。話しちゃった」


母さんは、ふふ、と笑う。




「棗、残りの1週間ちょっと、本当に大事に過ごしな。特に、この4ヶ月間は、棗にとって一生もんの宝物になるから。美凪ちゃん、未希ちゃん、蒼乃ちゃん、和香ちゃん。みんながいたからこそ、ここまでやってこれたんだからね」


「…ん、うん」




そうだ。


あたしひとりでここまでやってきたわけじゃない。



みんながいたからこそ、今のあたしがいる。










母さんは「よし」と言い立ち上がる。



「最初で最後の試合なんだから、勝ってもらわなきゃ。母さんも、中学戻った気になって、棗の練習手伝うよ」



そう言ってまた、穏やかに笑う。





あたし、母さんが母さんでよかった。


なんか、心からそう思った。




「ほら、棗はスリーポインターなんでしょ? 母さんディフェンスやるから、ちょっと打ってみなよ」


「っちょっとナメないでよ!? あたし現役なんだから!」








なんかあたし、思ったんだ。


母さんが中体連出れなくて悔しかった想いをあたしが一緒に担いで、それであたしが頑張って、母さんが見てくれたら、なんか、母さんも出てる気になれるかなって。



なんか、ちょっとクサいかもしんないけど、本当にそう思ったんだ。