0°からのスリーは絶対決められるやつ。
なのに、あたし今───
「慣れだよ慣れ。初めっからそうそう決まるもんじゃないし! 届いただけすごいよ!」
美凪があたしの肩をぽんぽん叩きながらそう言う。
違う。
違うんだよ。
例えこのスリーがそうそう決まるもんじゃないにしろ、時間ないんだよ……ッ
もう、2週間切ってんだよ…………ッ
初めてだろうとなんだろうと、決めなきゃなんないんだよ……………ッッ
「よーし、じゃ、次は棗と和香がオフェンス。ディフェンスは蒼乃」
「棗ちゃん、ドリブルお願いしてもいい?」
「………あ、あぁ」
ダメだ。
今のは一旦頭から追い出して、今はこれに集中しなきゃ……
あたしがドリブルを始めると、蒼乃は厳しくマークについてきた。
……っく…
これは、フェイクとか、技じゃなきゃダメだな……
あたしはロールで蒼乃をかわした。
よし抜いた…っ
いやでも、このコースは正直厳しいかも…
「棗ちゃんっ、パスパス!」
そうだ。
和香、いいとこに……!!
ダンッ
あたしは和香にバウンドパスをすると、和香はそれをキャッチしジャンプシュートを決めた。
「ナイッシュー和香!」
「ナイスパス棗!」
違う……ッ
あたしは、
あたしは、スリーポインターだ………ッ
これができたからって喜ぶ暇なんかない。
あたしは、スリーを決めなきゃいけないやつなんだよ……………ッッッ
あたしはなるべく、というか全部、スリーだけに集中した。
でも───
───ガンッ
外した…………っ
───ガゴンッ
…くっそ……また………ッ
あたしが、スリーポインターでいいの、美凪。
ちょっと試合形式になったら、1本も入らない。
あたし、試合でスリー決められるの?
なんか、あたし───
終わってから残って練習しようと思ったけど、今日はもう閉めるからと言われ、できなかった。
あたしは家の近くの公園のゴールで練習することにした。
フォームを1から確認し、アーチを高く、手を残すのもしっかり意識して打った。
───スパッ
落ち着いて打てば決まるんだけど。
………ん?
…………そうか!
落ち着けばいいんだ。
確かにあの時、ディフェンスがすぐ来るかもって思って、少し慌てて打った気がする。
『チャンスの時こそ平常心』
どっかで聞いたこの言葉の意味、理解できた気がする。
ディフェンスが来るだろうとなんだろうと、あたしはスリーだけに集中すればいいんだ。
動じない。
目の前のゴールだけに、神経を集中させる。
───スパッ
0°、45°、90°、全部の角度で打つ練習をする。
───スパッ
───スパッ
───スパッ
落ち着いたら、こんなに簡単に決まるんだ。
あれは、落ち着きゃいい話だったんだ。
すごい単純なこと。
それを意識すれば、決まるもんは決まる。
「棗、喉乾かない?」
「っ! か、母さん」
いきなり声をかけられたから、若干ビビった。
未希といい母さんといい、背後からの攻撃はやめてほしい。
「スポーツドリンク持ってきたんだけど、飲む?」
あ、ちょっと喉乾いてきたかも。
「ありがと」
あたしは母さんの手からペットボトルのスポーツドリンクを受け取り、一気に半分近くまで飲んだ。
「うーわすごい一気に飲んだね。そんなに喉乾いてたなら自販で買えばよかったのに」
「練習で、喉乾いてることなんかわかんなかったんだよ」
そう言ってまた一口。
よし、練習戻るか。
「棗、頑張ってるね」
「…?」
立ち上がったあたしに、母さんは今更そんなことを言った。
「もう、そのメンバーでバスケができるのは、あと1週間ちょっとでしょ?」
「……あ、うん」
母さんはなにが言いたいんだ。
あたし、早く練習して確実に決められるようにしたいんだけど。
「…棗にはまだ言ったことなかったけどね、母さんも中学の時バスケやってたのよ」
「……え…っ?」
母さんが、バスケ?
あたし『母さんはテニスで全国行ったことあるんだからね』としか聞いたことなかったから、てっきり母さんはテニス一筋なんだと思ってた。
なんか、すんごいびっくりだし、意外。
「上手でも下手でもない選手だったけど、とにかくバスケが大好きだったの。プレーが上手くいった時なんかはうるさいくらいにはしゃいでたし、チームプレーで点が決まった時なんかはなおさら」
母さんは、本当に懐かしそうに目を細めた。
あたしは練習を忘れて、母さんの話に耳を傾けていた。
「でも中2の時ね、バスケできなくなったの」
「え…」
なにか、あったんだろうか。
「膝に、水が溜まっちゃってね。ドクターストップかけられて、お医者さんに、バスケやめなさいって言われたの。お母さんにも」
膝に水が溜まった………?
「このまま続けたら悪化して、最悪歩けなくなるって言われちゃったもんだから、やめるしかなかったのよねー…」
母さんに、そんなことがあったなんて、知らなかった。
「だから中体連出てないのよね。コートの外から、叫びながら応援してた。内心、すっごい悔しかったけど」
そりゃそうだ。
努力してきたのに、それが怪我のせいで水の泡なんて………。
今あたしがそうなったら、なんて考えたくもないけど、あたしだったら無理にでもやりそう。
「…一生懸命練習してる棗を見たら思い出してね。話しちゃった」
母さんは、ふふ、と笑う。
「棗、残りの1週間ちょっと、本当に大事に過ごしな。特に、この4ヶ月間は、棗にとって一生もんの宝物になるから。美凪ちゃん、未希ちゃん、蒼乃ちゃん、和香ちゃん。みんながいたからこそ、ここまでやってこれたんだからね」
「…ん、うん」
そうだ。
あたしひとりでここまでやってきたわけじゃない。
みんながいたからこそ、今のあたしがいる。