弱小バスケ部の奇跡







「おはよー棗ちゃん」


「おはよっす」





1学期始業式、今日から3年生。

最高学年。




学校には、家が近所の加藤 蒼乃(かとう あおの)と通っている。



小学校からの付き合い。

かれこれ9年目に突入いたします。






「ねー、今年は新入生来ると思う?」


「さーあね、どーだろ? 来ないんじゃない」


「えぇっ」



あたしがそう答えると、蒼乃は途端に、今にも泣きそうな顔をする。



…なんでそーなる。




「私、後輩来てほしいよぉっ! 先輩って呼ばれてみたいよぉっ…」


「…あ、あー…なるほど」




可愛いこと言うじゃないかこの子は。




「仕方ないじゃんか。ド田舎だし、子供少ない…少子化? …あと過疎化? だっけか」


「………」





……黙らないでくれる。

少し潤んだ目で上目遣いであたしを見ないで。





……あ、この会話に違和感を覚えた方も、少なからずいるのでしょうかね?



あたし達の通うM中は、北海道のド田舎にあるボロ中学校。


開校100年だっけか。

歴史ある中学校です。




まぁ、ド田舎ってこともあり、都会に引っ越す人もたくさんいて、自然とこの村からは人が少なくなっていった。






その中には、もちろん中学生も含まれているワケで。





人が少ないくせにムダに大きなこの村で、人に会うこともほとんどと言っていいほどない。





そんなわけで、あたし達の代で、M中に入ってくる生徒はいなくなった。



ということで、蒼乃は「先輩って呼ばれてみたい」と言ったのだ。





「…まぁまぁ、いーじゃん別に。それより今日から3年生だよ? 最高学年!」


「…ん」




………テンション低ぇ。



ちょっと待ってよ蒼乃サン。


そんくらいで凹むな!






あたしは、なぜか朝から蒼乃を慰めながら学校に向かった。










「おっはよ♪ 棗ちゃんに蒼乃ちゃん!」


「おはよっす」


「……おはよー」




……あー、まだダメだったか。

まだ凹んでるよ。










「ちょっとちょっと蒼乃ちゃん! 朝からなにー? テンション低いよっ、もっと上げなきゃッ♪」



そう言って、蒼乃の背中をバシバシ叩いているのは、同じクラスの杉瀬 和香(すぎせ わか)。



オシャレ好き。

制服のブレザーのポケットに、櫛と鏡とリップクリームは必須。


背は割と高めで、茶色がかったセミロング。


口癖は「えぇーっ、それマジあり得ないパティーンだわー!」。



……からのカナリの面食い。

たとえ先生であろうと、かっこいい人はかっこいいと思ってる主義者。


生粋のイケメン好きちゃん。(因みに本人は認めていません。)




「…だってぇ、私達の後輩来ないんだよ? 来てほしいよ……っ」


「えっ、ちょっとちょっと蒼乃ちゃん!? 泣かないでよぉっ」


「…ふぇっ………ぐす…っ…ぅわーーん」




あたしん時はまだ落ち着いてたけど…。


和香に背中をさすられた蒼乃、ついに本泣き。



あちゃー。




……というか、そんなに欲しいか後輩が。









「…っえ? なになに? なにコレどしたの?!」


「あっ、美凪!」



泣きじゃくる蒼乃の後ろからやって来たのは、大谷 美凪(おおたに みなぎ)。



頭はいいのに、なぜかイジられキャラ。

たまに、面白いことを言おうとして言ったらガッツリスベる。


それなのにめげない美凪は、ある意味凄い。

いつも尊敬の眼差しを向けております。




「蒼乃が、後輩来てほしいって泣いてんの」


「えー、そうなの? じゃあウチが蒼乃の後輩になるよー♪ 蒼乃センパーイ♡」


「「「………。」」」




……泣く子も黙る、意味不明発言。



「えっ? なんで黙るの?」



あたしは無表情のまま目を細めて、美凪を見る。



「ちょっとやだなぁ〜、なにも黙らなくたっ…ぅおっ!? ななな棗さん?!」


あたしの視線に気づいた美凪が、大袈裟にリアクションする。



「ちょっと棗ちゃーんっ、そんな目でウチを見ないでおくれよー」


そう言って美凪はあたしに駆け寄る。



「面白いこと言うならちゃんと勉強してきてよ。蒼乃泣き止んじゃったじゃんか」


抱きつこうとしてくる美凪を、なんとか手で制す。



「あっ♪ 蒼乃泣き止んだぁ」


あたしは反対の手で美凪のほっぺたをむにっとつまむ。


「あはははははッッ!! 棗ちゃんと美凪ちゃん、ちょーウケるーーッッ」


あたしと美凪のやり取りを見て、なぜか和香は大爆笑。



……一体、これのどこが大爆笑なんでしょうか。







ひとしきり和香が大爆笑し終わると、廊下の向こうからエナメルバッグを肩にかけた影が近づく。




「もう、昇降口にまで和香のバカ笑い聞こえてた! 朝からうるさいっつの!」


「あっ、未希ちゃん、おはよぉ」


「…人の話聞いてた?」



影の正体は、原 未希(はら みき)。



超運動神経抜群。

足の速さはほんとに半端ない。




………因みに、リア充ですこの子。


お相手は、同じクラスの中田 拓人(なかた たくと)。





「こーえーがーデーかーいーの!」


「あっ、ごめーん」


「〜っ」



和香の返答に、眉を顰める未希。






〝キーンコーン〟


「始業式始まるから椅子持ちで体育館ー」


廊下の先から先生が声を張り上げる。




「…行こ! 体育館」


あたしが声を掛けると、蒼乃、和香、美凪、未希はそれぞれ頷いた。






…いよいよ、最後の1年が始まる──










式の校長の長話ほど、退屈なものはない。


思わずあくびをする。





「…ね、何分喋ってる?」


隣の蒼乃にこっそり尋ねる。



「……んー、20分くらいかな」


「げー」




いつにもまして長い。




すると急に、校長はわざとらしく大きな咳払いを1つした。



「えー、ここで生徒の皆さんに大事なお話です」



……おいおい。

もう十分だよ。





「…えー、実はですね………」




あー、んだよもったいぶって。


さっさと言っ…………





「……実は、今年の7月をもって、廃校が決まりました」





その瞬間、全体がざわめく。



あたしもびっくりしたし、隣の蒼乃も目を丸くしている。







そんな、なんで、急に───








「…は、ははは廃校?! え、なになに」



隣の蒼乃は軽くパニクってます。



周りに立っている先生が「静かにー!」と生徒を鎮める。



まだ多少は騒ついているけど、校長は話を進めた。




「…皆さんご存知の通り、この学校には生徒が大変少ないです。つい先月は卒業式を行い、更に人数が減ってしまいました。今年も新入生を迎えることなく新学期が始まりました」



いつの間にか静かになっていた体育館内。



「そしてついには、君達3年生36人のみとなってしまいました。これにより、廃校せざるを得なくなってしまいました」



あたしは珍しく、真剣に校長の話に耳を傾けていた。





そうだ。


この学校には、今はあたし達3年生しかいない。

2年生、もちろん1年生もいない。